道の途中。花園近鉄ライナーズ・丸山凛太朗

ナイターの花園に、ひと際大きな歓声が響いた。
後半17分。丸山凜太朗の放ったキックパスは美しい放物線を描き、右WTB江川剛人の胸元へと吸い込まれる。
そのまま江川がこの日2本目のトライ。まるで、攻撃の流れが一気に加速したかのような一瞬だった。
4月18日のジャパンラグビーリーグワンのディビジョン2 第12節、九州電力キューデンヴォルテクス戦での一幕だ。
ディビジョン1昇格に向け、絶対に落とせない試合。花園近鉄ライナーズは攻め続けた。その攻撃の指揮を託されたのが、丸山だった。
後半10分、ピッチに立った丸山はSOの位置に入る。インサイドCTBにクウェイド・クーパー、FBにはウィル・ハリソン。10番を争う3人が同時にピッチに立つ。まさに、今シーズンのスローガン「ALL ATTACK」を体現する布陣だ。
「コーチ陣の“攻めろ”というメッセージが伝わりました」
丸山は笑う。どこからでもボールが動き、スペースがあればキック、ラン、パスで切り裂く。
“ファンタジスタ”。そう称されることもある丸山凜太朗は、何かを起こしてくれる——そんな空気をまとった選手だ。
東福岡で1年生から10番を背負い、東海大、トヨタヴェルブリッツへと進んだそのキャリアは、順風満帆に見えるかもしれない。だが、その裏には、苦悩と葛藤があった——。
◆10番を背負う“当たり前”
ラグビーを始めたのは小学2年生。福岡市内のラグビースクールで、CTBやFBとしてプレーしていた。けれど心の奥では、いつか「10番」をつけたい——そんな思いがあった。
東福岡高校に進学し、その想いは現実となる。名門で1年生からSOを任された。2年時には花園優勝、3年時には全国ベスト4。U17日本代表、高校日本代表にも選ばれ、順調にキャリアを積み重ねた。
東海大学でも1年目からスタメン。U20日本代表、ジュニア・ジャパンと駆け上がり、試合に出るのが“当たり前”になっていた。
だが、リーグワンの世界は、甘くなかった。
◆安定か、挑戦か——迷いの中で見つけたもの
リーグワン挑戦の舞台に選んだのは、トヨタヴェルブリッツだった。
「正直、大学生の時はプロという選択肢を持てていなかった。社員選手としてラグビーをやって、いずれは社業に就く。そんな未来を思い描いていました」
当時は“安定”を求めていた。そう振り返る。しかし、現実は厳しかった。
「スキルもマインドも学生レベルとは桁違いでした」
試合に出られない日々。常にスタメンを勝ち取ってきた丸山にとって、それは初めての経験だった。
気づけば、試合に出ないことが“当たり前”になっていた。
ラグビーに打ち込む環境は整っている。選手を引退すれば社業がある。だが、その居心地の良さが、自分を甘やかしていく感覚もあった。
恵まれた環境の中で、チャレンジ精神もなくなっていく。
「試合に出られなくても“まあいっか”って思うようになってました。ラグビーで結果が出なくても社員として会社には残れるし、みたいな考えがありました」
そんな自分に、違和感を覚えた。このままラグビーを何となく続け、やがて引退し、社業に専念する——そんな未来が頭をよぎった時、胸の中に引っかかるものがあった。
「このまま終わったら、絶対に後悔する」
社員選手という安定を捨て、プロ選手として、もう一度自分を試す道を選んだ。
◆一貫して、道を拓く
新天地に選んだのは花園近鉄ライナーズ。
「チームを強くするために、若い力が必要だ。10番を担う存在になってほしい」
そう声をかけられ、心が動いた。2029年に創部100周年を迎えるライナーズを、成長させていく。その一翼を担う決意だった。
だが、ここでも試合に出られない時間が続いた。SOにはクウェイド・クーパーとウィル・ハリソンがいた。
「正直、“思ってたのと違う”って思ったこともあります(笑)」
だが、かつての自分とは違った。
「チャンスが来たら、全て奪い取る」
その中で、自分に課したテーマがある。「一貫性」だ。
「試合に出ないからって、手を抜くこともできる。でも、それじゃダメだなと」
練習でも、私生活でも、ブレずにやるべきことをやる。チームのために全ての行動を一貫させる。それが、腐らずに積み上げる方法だった。
◆自信と責任
「ようやく来たな」
リーグワン第9節。ピッチに立ったその瞬間、そう思った。腐らずに準備を続けてきた時間が、ようやく実を結ぶ。
ただ出るだけじゃ意味がない。
「コーチ陣を“黙らせる”ぐらいのプレーをしようと思ってました」
もっと早く起用していればよかった——そう思わせるパフォーマンスを。それが、丸山の“勝負”だった。
試合を重ねるごとに、プレータイムは伸びる。チームからの信頼を勝ち取った証だ。
「正直、試合に出られなくても“俺の方がいい”って思ってました(笑)」
自信はある。でも、過信ではない。
「いい準備をしているから、そう思えるんです」
練習でも、私生活でも、やるべきことをやってきた——その積み重ねが自信に変わっている。
学生時代は、感覚でプレーできてしまっていた。それでも通用してきた。
けれど今は、10番の役割を理解し、責任を背負い、チームを動かす立場にいる。オフフィールドでもコミュニケーションを大切にしながら、自分のプレーを形にする準備をしている。
「少しずつ、自分の色が出せるようになってきたと思います」
ラグビーを“仕事”として生きると決めた。プロ選手として、結果がすべての世界に身を置く。その覚悟が、丸山凜太朗を確実に成長させている。
◆成長を楽しむ
まだ25歳。これからどんな選手になるのか、自分でも楽しみだ。
「ここ1年でメンタル的にすごく成長したと実感しています。それが、プレーにもつながっていると思います」
自分の成長を、誰よりも楽しんでいるのは、丸山自身だ。目指すのは、“チームを勝たせる10番”。
「チームを勝たせられるSOになりたい。それだけです」
特定の目標とする選手はいないが、リスペクトする選手は多い。全部吸収して、自分だけのスタイルを築いていく。
「ほんとにみんな上手いです。」
学生時代の丸山では出なかった言葉かもしれない。世界を知る選手に刺激を受け、自らを冷静に見つめ直す時間があったからこそ、貪欲に成長したいという意志が芽生えたのだろう。
その先に見据えるのは、日本代表。
「やっぱり、トップオブトップじゃないですか」
日の丸を背負う——その想いは胸にある。
けれど、焦らない。目の前の一つひとつを積み重ねた先にしか、その景色は見えないと知っている。
「とにかく、目の前のトレーニング、次のプレー。その一つひとつに集中するだけ」
積み上げた先にしか、道は続かない。そう信じて、丸山凜太朗は歩みを進める。