国内 2025.03.04

悔しさを原動力に──江良楓の新たなる挑戦

[ 赤木元太郎 ]
悔しさを原動力に──江良楓の新たなる挑戦
社内コンテストを勝ち抜き、スポーツ競技者を支援する事業に取り組む(写真:本人提供)


「えーら! えーら! えーら!」

 2024年11月30日、秩父宮ラグビー場に小学生たちの透き通るような黄色い声援が響き渡った。試合中の緊張感を和らげるような、無邪気な応援だ。

 トップイーストリーグBグループの明治安田ホーリーズとライオンファングスの試合の一コマである。

「声援はめちゃくちゃ聞こえてました。彼女たちはサステナビリティ推進事業の一環で出会った生徒さんです」

 そう答えるのは江良楓。ライオンファングスのSOであり、現在は新規事業を立ち上げる期待の若手社員でもある。

「江良」と聞いて思い浮かべるのは、あの屈強な男だろうか? クボタスピアーズ船橋・東京ベイでルーキーながら活躍を見せる江良颯──楓の弟である。

「昔は颯(はやて)が楓(かえで)の弟と言われてたんですけどね。今では僕が颯のお兄ちゃんって言われます」

 屈託なく笑う顔は、どこか親しみやすい。小学生のアイドルになっているのも納得だ。

 江良楓。この人もまた、企業で働きながらプレーを続けることを選択した一人である。

 名門・大阪桐蔭から立命館大学へと進学し、2023年にライオンハイジーン株式会社に入社。かつて花園を沸かせたゲームメーカーは、新たなフィールドでどんな挑戦をしているのか。その裏にある思いを探る。

順調なキャリアから一転、味わった挫折

 江良楓は大阪桐蔭でプレーしていた父の影響で4歳の時に楕円と出会う。

「子どもながらにおもしろそうだなと思って、近所のスクールの体験会に連れて行ってもらいました」

小学2年の時に東大阪ラグビースクールに転籍。中学は地元の枚岡中学へと進んだ。

「高校は強豪校に行きたくて。その中で大阪桐蔭が一番早く声をかけてくれました。昔から父と一緒に試合も見ていたので、白のジャージに袖を通すんだって、何となく決めてたのかもしれません」

 最終学年として迎えた第97回大会の花園では大阪桐蔭初の優勝を目指し、決勝戦に臨んだ。

 相手は同じく大阪府代表の東海大仰星(当時)。19年ぶりの大阪代表同士の決勝戦である。

 結果は逆転を許し敗戦。スコアは20-27。花園の決勝戦史に残る好ゲームであった。

「あの試合はラグビーキャリアの中でも一番印象に残っています。今でもこうすれば良かったかな、あの時はこの選択をすればって考える事もあります」

 それ程までに充実し、悔しい思いをした60分間だったのだろう。

東海大仰星との決勝でゴールキックを狙う江良(撮影:毛受亮介)

 両チームのメンバーは実に豪華だ。大阪桐蔭にはキャプテン上山黎哉 (現・花園近鉄ライナーズ)をはじめ、高本幹也(現・東京サントリーサンゴリアス)、松山千大、奥井章仁(以上現・トヨタヴェルブリッツ)、対する仰星には長田智希(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)、河瀬諒介(現・東京サントリーサンゴリアス)など、リーグワンで活躍する錚々たるメンバーが名を連ねる。

「今思うとあのメンバーと最高の舞台で試合が出来たことを光栄に思います。」

 謙遜気味に答えるが、試合の中心には間違いなく江良がいた。

 大学は立命館に進学。同期には木田晴斗(現・クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)や宮下大輝(現・花園近鉄ライナーズ)など、これまたリーグワンで活躍する選手が近くにいた。

 ラグビーの街、東大阪で育ち、世代トップクラスのプレーヤー達と切磋琢磨してきた江良がプロとしてのキャリアを志すのはごく自然な事だったのだろう。

「小学生の頃から何となくラグビー選手になるんだろうなと思ってきました。高校、大学と進むに連れその思いはより強く、明確になっていきましたね」

 しかし、その願いを果たすことは出来なかった。

「自分はどうしてもプロになりたくて。でもどこからも声が掛からず4回生の時はトライアウトを受けまくってました」

 ちょうどコロナ禍であり、多くの制限がある中でのチャレンジだった。

「リーダーとしてチームのこと、自分のキャリアのこと、考えることが多すぎてあの期間は相当キツかったです」と当時を振り返る。

 リーグ戦の結果は5位。大学選手権出場を逃し、大学最後のシーズンを終えた。

プロを目指す過程で得られたもの

 その後就職浪人を経て、現職に至る。トップイーストでプレーを続ける選択を取ったのだ。

 思い描いていた夢をキッパリ諦めることができずにいた江良だったが、入社2年目に転機が訪れる。

「社内で新規事業を立ち上げるコンテストがある事を知ったんです。これだ!と思って迷わず応募しました」

 ファングスのチームメイトである大澤陸大とタッグを組み、スポーツ競技者の支援をする事業を提案。見事社内コンテストを勝ち抜き、採択された。

「自分がラグビーを通して感じていた課題感から着想しました。プロを目指す上でセカンドキャリアとして起業する事までをイメージしていたので、新規事業の立ち上げはやるしかないなと」

 今は事業として成り立つかを検証している段階だという。

「今の目標は、まずはこの事業を成功させることです。ラグビーでプロの世界を目指していた頃と同じ熱量で取り組めている。毎日が充実しています」

 そんな江良に同年代が活躍することに対しての思いを聞いた。

「正直、プロへの未練はあります。でもそこを目指す過程で得られた事の方が大きい。今ではそう思っています。だからこそリーグワンで活躍する姿を見ると純粋に応援出来るし、みんなを尊敬しています」

 そう語る江良の目は未来を見据えていた。

 そしてこれから社会に出る学生ラガーには自身の経験からこう語る。
「やるからにはトップカテゴリーを目指して欲しい。やっぱり何かを極めるということは素晴らしい事だと思います。ただそれが実現しなくても他にも選択肢はある。自分がそうだったように熱量を持って取り組めることにも出会えると思います。自分の選択を正解にするのも自分次第。そう思って色々チャレンジして欲しいですね」

選手活動を続けながら、仕事でも全力でチャレンジしている(写真:チーム提供)

 幼い頃からプロを目指し、人生の多くをラグビーに費やしてきた。その夢が破れてもまた次の夢へと立ち向かう。

 江良楓、人生の第二章は始まったばかりだ。

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