NZでラグビーを始め、セントトーマスカレッジの1軍で活躍。SHの中尾一心は、日本でプロ選手を目指す。
ニュージーランド(以下、NZ)では8月が冬の終盤にあたる。高校ラグビーが大詰めを迎える時季だ。
まだまだ寒さが残るクライストチャーチで、素敵な親子を見つけた。息子は高校生のラグビーマン、中尾 一心(なかお・いっしん)だ。
強豪校セント・トーマス・オブ・カンタベリー・カレッジ(以下、STC)の1st XV(一軍)でプレーしている。
ポジションはハーフバック(SH)。10番で試合に出ることもある。173センチ、78キロ。今年の7月に開かれた、クルセイダーズU18のキャンプに招集された。
昨冬におこなわれたMiles Toyota Premiership(クルセイダーズ地区の高校の1st XV)準決勝の日本人対決で中尾について触れてから1年が経った。
Year13(高校3年生)になった中尾は、昨年に引き続き背番号9をつけてレギュラーとして活躍を続けている。
愛知県豊田市出身。NZにやって来たのは2017年、11歳の時だ。母・八潮(やしお)さんとの親子留学だった。
実は、ラグビーがきっかけではなかったという。
シングルマザーである八潮さんが、「(一心には)自分にしかできない生き方をして欲しい」と願い、「どこへ行っても自分の力で生きていけるように、世界でも通用する人になるように、英語力を身に付けさせたかった」ことから、クライストチャーチ行きを決めた。
留学にかかる学費などは非常に高額なため、当初は1年間と決めていた。
しかし、八潮さんが長年続けていた仕事でNZでのワークビザを取得。その後、ビザの更新を経て最終的に永住権を取得し、現在に至る。
「少しでも(一心の)将来の可能性が広がればと思い、ワークビザ、永住権を取得しました。親子2人でこの地(NZ)でどこまでやれるか、挑戦している最中」と八潮さんは話す。
「最初の1年が今後の楽しみ(ラグビー)を見つけるきっかけとなりました。これも何かの縁なのかな…と感じています」
一心は留学前、サッカーに励んでいたこともあり、NZに渡ってからもドリブルやリフティングといった特技を活かして学校のサッカーチームに所属していた。
ラグビーとの出会いはその後だ。
留学したての頃は英語でのコミュニケーションに苦戦した。時にはからかわれることもあった。
その時に助けてくれた仲間たちがラグビーマンだったのだ。
「僕たちと向こうに行ってラグビーで遊ぼう」。そのひと言がきっかけで、ラグビー少年、中尾一心が誕生した。
「ボールを手で持って走っていいし、体当たりしてもいいところが楽かった。ラグビーをしたことでたくさんの友だちができたし、仲間たちと毎日ラグビーをして遊ぶのが楽しかった」と当時を振り返る。
親子留学から1年が経った後は、八潮さんがワークビザを申請している間だけ帰国。日本でも、地元の豊田ラグビースクールでラグビーを続けた。
NZに戻った13歳(Year8)からはクライストチャーチフットボールクラブに所属し、本格的にラグビーをすることになる。同チームではWTBでプレーをした。
2022年に高校1年生(Year11)となってからは現在も通うSTCに転校し、SHとしての経験を積む。当時は実力こそあったものの、転校生や留学生の出場枠に制限があり1st XV入りができなかった。
しかし、1年時の最後の試合でチャンスが訪れ、一心が「高校生活で一番の思い出」と振り返る1st XVデビューを果たした。
翌年からは1st XVに定着し、背番号9の座を掴む。
英語も、ラグビーも、NZに来てからのスタートで、ここまでだどりついたのだ。
◾️二人三脚でのNZ生活。母に感謝。
最終学年となる3年生になった今年の8月3日には、クライストチャーチの街中にあるハグレーパークでクライストカレッジとの試合がおこなわれた。Miles Toyota Premiershipのレギュラーシーズン最終節だ。勝ったチームがカップトーナメントの準決勝進出を決める大一番だった。
試合前におこなわれるハカは、まさに睨み合い。会場は緊張感に包まれていた。
序盤は両チームに固さもが見られミスも目立つ中、互いに2トライを重ねる。STCが 14-12と2点のリードでハーフタイムを迎えた。
しかし、後半は勢いに乗ったクライストカレッジに4分、7分と連続トライを奪われ、逆転される(14-24)。
それでも後半25分までに29-24と追い上げ、なおも逆転を狙い、リスタートのキックオフから果敢に展開した。しかしミスからターンオーバーを許し、一気に自陣深くまで押し戻される。27分にはPGでさらにリードを広げられ、8点差(24-32)のまま逃げ切られた。
終盤まで手に汗握る展開となった好ゲームを、八潮さんも傍で見守っていた。愛犬の”Bruno “( 一心曰くの自身の一番のサポーター)を連れて毎試合欠かさず応援に駆けつけているのだ。
「今までお疲れさまと言いたいです。いつも頑張っている姿に感動していました。たくさん楽しませてもらいましたし、元気を分けてもらっていました。悔しい思いはこの先で成長できる糧になると思って、一生懸命頑張ってほしいです。そして何より楽しんでほしいです」(八潮さん)
17日にはMiles Toyota Premiershipのプレート(レギュラーシーズン5位から8位による試合)の決勝がおこなわれ、STCが序盤からトライを重ねて31-17でセントビーズ・カレッジを破った。
高校最後の試合を勝利で終えた一心はまず、母への感謝を伝えた。
「(八潮さんは)強い体を作るために色々考えて美味しいご飯を作ってくれました。いつも試合を観に来てくれて、応援してくれてありがとうと伝えたいです。これからも夢に向かって一生懸命頑張ります」
充実した高校ラグビー生活を過ごせた。
「(準決勝に進めず)とても悔しく残念ですが、この経験は次のステージに活かしたい。セントトーマスは自分の持ち味を活かして、自分の判断力に任せてプレーさせてくれました。とてもやりがいがありましたし、自分の成長に繋がりました」
卒業後の進路については、「日本でのプレーを考えています」と即答。大学進学を検討しているが、プロ選手としてプレーできる環境があればその選択肢も捨てない。
「自分の一番の夢は日本にいる祖父母が元気なうちに、プロになって頑張る姿を見てもらうことです」
テンポが良く、素早くボールを捌くSHにとって、レベルの高いクルセイダーズ地区でのプレー経験は今後、日本でプレーするにしても財産となるだろう。語学力を活かして、留学生などの海外出身選手と日本人選手との架け橋にもなれる。今後の活躍も目が離せない。