コラム 2024.07.18

【コラム】冷静と誠実

[ 向 風見也 ]
【コラム】冷静と誠実
6月上旬におこなわれた日本代表宮崎合宿。早朝セッションから始まるタフなスケジュールで選手たちは過酷なトレーニングに打ち込んだ(撮影:長岡洋幸)



 このコラムは羽田空港の出発ロビーで書き始めた。

 7月18日午後。行先は新千歳空港だ。札幌ドームでの日本代表対イタリア代表戦をカバーすべく、試合3日前に移動する。日本代表がまだ拠点の宮崎でキャンプ中であるにもかかわらずだ。

 週末が近づくほど航空券代やツアー料金がかさむから、早めの搭乗を決めた。せっかく滅多に行けない場所へ長いこといるのだから、ナショナルチームとは異なる活動にも触れるつもりだ。

 とにかく、今夏の代表活動を追う旅はまもなく一段落がつく。

 第2次エディー・ジョーンズヘッドコーチ体制は6月6日に本格的に始まり、おもに九州地区で鍛えながら時に日本代表、もしくはJAPANXVと屋号を変えて各地で転戦。イタリア代表戦前までの計4試合を1勝3敗とする。

 取材記録やそれに基づく考察は別なスペースに譲る。ここでは、立ち止まって思索を巡らせるにふさわしい出来事を振り返る——。

「うわ」

 羽田空港付近のホテルで受付を待っている間、つい、声を出して驚いてしまったのは6月9日。翌日に予定されていた日本代表宮崎合宿の最初の練習公開日のスケジュールが、やや大胆に組み替えられたと知ったのだ。スマートフォンで確認した。

 日本ラグビーフットボール協会からのメールによると、「9:30/15:30」の2部練習が「11:15~13:00」の一部のみとなっていた。

 さらに緊張感を醸したのは、もともと「15:30」の練習後に組まれていたジョーンズヘッドコーチや選手の対応が「11:15~13:00」の直後になされることだ。

 もともと10日午前中は限られた時間の練習見学のみだったこと、翌11日にも取材機会があることから、10日午後に訪れようとしたメディアも少なくなさそう。筆者も然りだ。埼玉・熊谷ラグビー場での関東高校大会のカバーを経て、空港の近くで泊まるつもりだった。翌朝8時5分発の便での現地入りを目指した。

 念のため早めに宮崎に着く飛行機に乗るつもりだったのだが、果たして無事に「13:00」に到着するのだろうか。その懸念の発露としての「うわ」。受付の前で並んでいた方にはお詫びしてもしきれない。

 周囲に知人がおらず緊張を欠く際に感情が声になりやすい傾向は、たぶん、治療の対象なのだろう。いずれにせよ、物事を首尾よく進めるには落ち着きが肝要。代表の主将経験者のひとりは、大一番でリーダーシップを取るのに必要なことは「冷静でいる」ことだと口にしている。

 慌てたら負け…。いわば自分は、敗北したのを前提に現場へ出かけるのか…。そう自問自答するうちに部屋にチェックインし、日本協会から直接の電話をもらう頃には「冷静」でいられるようになっていた。

 聞けば、ハードトレーニングに伴う疲れが考慮されたのだという。急に現場が判断を変えたため、前夜の通達がなされたわけだ。プレイヤーズファースト。そもそも傍観者は、意志決定者が決めたことを覆すことはできない。それを前提に適宜、動くのみだ。受け取った電話口の向こうでは、筆者と話しているのとは別な職員が似た類の連絡を繰り返していた。頭が下がる。

 思えばジョーンズのチームには、突発的な事象はつきものだった。2012年からの約4年間も、トレーニングの時間が変わったり、報道内容を受けて指揮官が態度を硬化したりと様々な出来事を経験させてもらっていたではないか。

 いわばこの件は、想定されていた想定外の事案と言える。10日は宮崎空港に居合わせた先輩ジャーナリストがタクシーを走らせてくれたこともあり、「13:00」どころか「11:15」に間に合うことができた。

 全く自分の力だけではできることが少ないとわかった計3日間の宮崎キャンプを経て、試合期に突入したら、「うわ」の件を上回る体感を覚えられた。

 写真誌への掲載予定があるからと看板プレーヤーと1対1で面会できたのは、対マオリ・オールブラックス2連戦を終えてからのこと。相変わらずの猛練習の合間を縫い、本人はもちろんスタッフが調整してくれた。心地よい疲労感が得られたのは言うまでもない。

 共同会見の談話に感銘を受けたのは、それからそう時間が経たぬうちのことだ。

 ある選手が「よくなっている感触はあるが、まだまだ貢献度は低い」と言葉を選んだ。自身のチームへの「貢献度」を数値化するとしたら、決して高くはないと見立てたのだろう。

 それに対し、ひとりの質問者から「不満なのか」と投げかけられた。

 その返答が、紳士的かつ毅然としていた。

「不満、では、ないですけど、足りないなと感じます」

 ちょうど、東京都知事選が終わったタイミングだった。 開票を受けてテレビのインタビューに応じた候補者のひとりが、聞き手の属性によって態度を変えているように映ったり、受け取った質問の趣旨について根深く問い直したりしていて話題になっていた。

 全ての取材対象者にこのようにされたらたまらないな、と、思いながら、人の時間を頂戴するからには雑駁なスタンスで臨むことや、誘導尋問としか捉えようのない発言は控えた方がよいよなと再確認したものだ。

 その折に耳にした「不満ではないが足りない」は、話し手の誠実さが聞き手の背筋を適度に伸ばす、もっともフェアなフレーズだったような。

 満足、不満といった感情の種類ではなく、高低、上下といった指標を話題にしているのだと端的に明示していた。かつ——ここからが重要だが——嫌みがなかった。

——執筆の合間に乗り込んだ「SKY717便」は、着陸態勢になったとアナウンスされた。北の大地が近づく。備忘録のごとく書き記したエピソードを凌駕する「うわ」案件に出会えますよう。

【筆者プロフィール】向 風見也( むかい ふみや )
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。

PICK UP