コラム 2024.02.22

【コラム】高速より速く

[ 藤島 大 ]
【コラム】高速より速く
現在はブルーズでコーチにあたるトニー・ブラウン。2月20日にオークランドで(Photo/Getty Images)

 うわっ。いいところに目をつけるな。つける人ならたくさんいるだろうが、本当に獲得してしまう。着眼と実行ががっちり肩を組んでいる。

 南アフリカ代表スプリングボクスのラッシー・エラスムス監督。2019年には現職と同じ立場で、’23年のほうはあまりにも強力な参謀としてワールドカップを2大会続けて制し、いまもまるでスキはない。

 2月6日、トニー・ブラウンをコーチに迎え入れた。あの「ブラウニー」である。かつてオールブラックスや三洋電機の10番、指導者に転じるや、ジャパンのジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)を支えて緻密な攻撃を創造した。

 2023年のフランス大会を終え、さてどこへ。なんとチャンピオンのもとへ。さあ、もういっぺん、エラスムス、いいところに目をつけた。ブラウニーは08年、ケープタウンのストーマーズに現役選手で加わり、ラッシーのコーチングに浴した。それより前のシャークス在籍を含めて、南アフリカのラグビーと無縁ではなかった。

 難しいに決まっているワールドカップの「ハットトリック=3連覇」を遂げるには慣習の罠にかかってはならない。成功体験への安住すなわち敗北である。キック。セットプレー。強烈なディフェンス。ボクスをボクスたらしめる根っこにトニー・ブラウン仕込みの多彩なアタックが溶け込めば、他国の脅威となる。2027年のオーストラリアでは、グリーン&ゴールドのジャージィが狭いスペースで精密機械のごときパスをつなぎ、意外なタイミングの裏へのキックを繰り出するかもしれない。

 ラッシー・エラスムスは万事に周到である。競技ルールやその適用はこれから変化する。具体的には、世界的なキックとモール偏重への観客の不満の影響で「よりオープンな展開」の方向へ動く。そう読み切って、ただちに対応した。

 ボクスの優勝キャプテン、シヤ・コリシの自伝(『RISE』)に以下の逸話が紹介されている。’19年大会で開催国のジャパンと準々決勝でぶつかった。すると対戦までの1週間、宿泊ホテルのWi-Fiのパスワードが次のように変更された。

「Brighton1」。ブライトン。2015年9月19日、日本、南アフリカを破る。あの出来事のあった土地である。

 コリシは述べる。エラスムスは対戦国への「戦意を駆りたてる」ことがうまい。しかし「日本人に憎しみを抱くことなどとてもできなかった。とても親切で、すばらしいホストだ」。そこでパスワードはブライトン。

 他方、優勝ボーナスは選手全員に均等に配ると早くに告げた。出場機会の薄い控え組や負傷で途中離脱の者も栄冠の先発15人と同じだけの報酬を得る。平等は「主張するだけでなく」実際の行動によって示された。

 さてジャパン。エディー・ジョーンズHCの掲げる「超速」の到達像については、これからわかるのだろう。仕掛けの際立つ早さと速さは「小よく大を制しうる」日本代表の歴史にあっては王道である。攻守にトニー・ブラウン級のアシスタントコーチを得られるかが焦点となる。

 他競技ではあるが「超速」に似た響きを四半世紀前に直接聞いた。高校バスケットボールの名将のひとり、安里幸男は言った。

「高速より速い超高速バスケット」

 1978年の夏にさかのぼる。本採用の教員になる前の24歳の青年は沖縄県立辺士名高校を率いた。北部ヤンバルの小規模校である。「日本バスケットの方向性を示す」。まわりは信じなくても、ひとり、でっかい絵を描いた。

 県内でさえ無印。からくも予選を抜けると、なんと山形の高校総体で全国4強まで勝ち進んだ。いまも語り継がれる「旋風」にして「奇跡」。男子の参加63校にあって最も低い「平均身長165㎝」のチームに授けたのが「超高速」であった。

 防御はインターセプト狙いの極度のプレス。裏をとられて失点してもさして気に留めず、それより短い時間で得点を返す。のちに異動となる県立北谷高校ではそうした思想と実践に3点シュートを加味、かの田臥勇太を擁する当時無敵の秋田県立能代工業高校とも堂々と攻め合って(’97年選抜大会準々決勝、105―128)、環境や条件に限りのある普通の学校でと、また驚きを呼んだ。

 1999年にインタビューした。「選手の体力はコーチの体力。準備をして、計画を練って、その分しか結果は出ない」。超の字のつく極端な戦法をこつこつと築く。まさに「奇策を奇策とせず」(元早稲田大学ラグビー部監督、木本建治)だ。

 慣習を退けて細部まで手を抜かぬ態度は本稿前半の南アフリカ人にも重なる。模倣を好まぬアタックの創造は新しい補佐役のニュージーランド人のようでもある。大会前に「鏡で自分を見て円形脱毛になるとうれしい。おっ、そこまでやってるなと」。このあたりの「奇」の気配は日系の血を引くオーストラリア人ともいくらか近い。

 先に70歳で自伝(『日本バスケの革命と言われた男』)を世に出した。指導の核心をこう述べている。

「やる気に満ちあふれた集団をつくること」

 異議なし。もちろん簡単ではない。ジャパンも、ワイルドナイツも、サクラセブンズも、あなたのチームも「やる気に満ちあふれた集団」ができれば歓喜と感涙は遠くない。高度なシステムや細かなスキルだって熱のあるところに沸き上がるのである。  

【筆者プロフィール】藤島 大( ふじしま・だい )
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、'92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジンや週刊現代に連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。J SPORTSのラグビー中継解説者も務める。近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ) 。

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