最後まで闘将。アラン=ウィン・ジョーンズ、トゥーロンでラストゲームを終える
11月18日、ウエールズのレジェンドがクレルモンのスタジアムでトゥーロンのジャージーを着て現役最後の試合を戦った。
AWJことアラン=ウィン・ジョーンズ(38歳)。シックスネーションズで5度優勝(2018、2012、2013、2019、2021)している。その内3度は全勝優勝で、ウエールズ代表でのキャップ数は158。
ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの遠征に4度参加して12キャップを獲得しており、合計170キャップを誇る。
2007年から4度のワールドカップ(以下、W杯)に参加してきた。
突然引退を発表したのは、この夏のこと。その際、トゥーロンから4か月間のW杯ジョーカー(W杯で不在になる代表選手の補充要員)契約のオファーが届いた。
「どうしても彼がほしかった」と言うのは、トゥーロンのピエール・ミニョニ ヘッドコーチ(以下、HC)だ。
今年の10月初めにミニョニHCの話を聞くことができた。その折に「外国人選手をリクルートする時に重要視するポイントは?」と尋ねると、こう返ってきた。
「もちろん選手としての能力も大切だが、『人』としての価値、姿勢、行動を見ます。私にとって姿勢は才能よりも重要。姿勢とは、グラウンドで何をするか、グラウンドの外で何をするか、周囲に何を与えるか。つまり周囲に対してポジティブな影響力を持つ選手ということ」
W杯前から大会期間中を含む4か月という短い契約期間だった。
チームの主力が各国代表として大会に参加しているため不在になる。その期間、若い選手や公式戦出場機会が少ない選手が中心のグループでともに活動した。
リーグは8月に開幕も、W杯のため2か月休止。10月末に再開するというイレギュラーなスケジュールとなった。
さらにトゥーロンのクラブハウスが南アフリカ代表のベースキャンプ地となっていたため、チームはトゥーロン市内のグラウンドを転々としながらトレーニングを続けた。そんな複雑な状況だったが、ミニョニHCはこの期間を若手の学びの機会として上手く利用したようだ。
「この特殊なシーズンをスタートするために、なくてはならない人物でした。プロとして偉大なキャリアを築いてきた彼の日常の姿勢を見て、若い選手がプロ選手としての職業倫理を学べた。これこそこのチームが必要としていたことです」
例えば、シャルル・オリヴォンが不在のため臨時キャプテンを任されていたHOテディー・ボビニーは、「(AWJは)早い時間にトレーニングセンターに出てきて、誰よりも強くトレーニングし、常にチームのことを考え行動する。練習後のトリートメントも丁寧に行う。キャプテンとして、どの言葉で、どのような態度でチームにメッセージを伝えるべきなのかを彼とよく話し合いました。彼も熱心に応じてくれ、多くのことを学べました」と感謝している。
またトゥーロンでは、昨季で現役を引退したイタリアのレジェンド、セルジョ・パリッセがFWコーチとして新たなキャリアをスタートさせている。パリッセがオフの日に行う若手選手のためのスキルのワークショップにもAWJは参加し、ラインアウトのリフトやスロワーのスピードなどについてアドバイスをしながら若手の育成に協力した。
「彼のような偉大な選手に共通するワードは、『謙虚』と『努力』。このクラブに多くのことを与えてくれました。練習後はいつも残ってFWの若手選手と話していた。僕も彼との意見交換でコーチとして多くのことを学びました」
元イタリア代表NO8は、かつてのライバルをそう讃える。
ところでクレルモンとトゥーロンと言えば、10年前はトップ14や欧州チャンピオンズカップの決勝戦のカードだった。しかし、近年はどちらもパフォーマンスが安定せず、クレルモンは過去2シーズン、トップ14の決勝ステージに進出できずにいる。
トゥーロンに至っては、最後に決勝ステージに進出したのは2018年まで遡る。
今季は6節を終え、トゥーロンは3勝3敗、前節は今季好調のラシン92に後半追い上げられるも守り切って勝利した。
一方クレルモンは4勝2敗、前節のペルピニャン戦でようやくアウェーで勝利を挙げた。どちらもこの試合で勝って自信を確かなものにしたいところだ。
ミニョニHCは賭けに出た。W杯を終えて早々に復帰した代表選手を休ませ、この4か月をAWJと共に過ごした若手中心に先発メンバーを編成し、AWJをキャプテンに任命したのだ。
でもAWJに、「君の最後の試合は(ホームのスタッド・)マヨールではない」と告げるのは簡単ではなかった。「クレルモンの(スタッド・)マルセル・ミシュランで最後の試合をすることになる。そこでこのチームを勝たせてほしいんだ」と説明した。
それに対してAWJは「OK、ピエール(ミニョニ)」と静かな笑顔で答えた。
「ただ4か月の冒険が終わるだけじゃない。素晴らしいキャリアが幕を下ろすんだ。一緒にグラウンドで戦う者もそれにふさわしくなければならない」とミニョニHCは選手を鼓舞した。
開始早々、AWJがボールを持って相手のディフェンスを突破した。
それに続いてチームが勢いに乗る。AWJもラインアウトでオプションになり、積極的にプレーにからみ、ディフェンスで盾になった。ウエールズ代表で見せた豊富な運動量を見ていると、年齢を忘れてしまう。
クレルモンが前半を14-13でリードして折り返した。
後半が始まってすぐ、この日100パーセントのキック成功率を達成するSOノア・ロレシオがPGを決めて逆転したトゥーロン。
続いてクレルモン陣10メートルでのマイボールスクラムからまず左へ回し、ラックから出てきたボールを途中出場のSHバティスト・セランがキックパスで右のインゴールに転がした。
それに反応した21歳のFLジュール・クーロンが走り込み、なんとかボールを押さえ点差を広げるが、クレルモンも1PGと1トライを決め、再び逆転される展開となった。
66分、ここでAWJがベンチに下がった。
クレルモンのサポーターもスタンディングオベーションで讃えた。ベンチの前で指揮をしていたミニョニHCも抱擁で迎える。誰もがラグビー界のレジェンドが19年のキャリアに幕を下ろしたと思っていた。
ところが、78分にクレルモンのゴール前でスクラムを得ると、ミニョニHCは再びAWJを投入した(トップ14では、一度ベンチに下がった選手を再び出場させることができる)。
その前の2度のスクラムのうち、一つはペナルティを取られ、もう一つはボールは出せたが不安定だった。
AWJを投入するために下げたのはFBの選手。「どのポジションに入るの?」とAWJに聞かれたミニョニHCは「どこでもいい。とにかくスクラムを押せ!」と答えた。
「彼が再び試合に入ることで、試合を決定づけるためのプラスアルファをチームに与えてくれると思った」とミニョニHCは試合後打ち明けている。
トゥーロンはスクラムを押した。でも崩れた。
ボールを死守したFLクーロンがSHセランにパスする。セランが左の大外にキックパスを飛ばし、WTBチウタ・ワイニンコロがインゴールに持ち込んで押さえ再び逆転!
ロレシオがさらに2点追加して30-27とした。
その後、クレルモンの猛攻を受けるが、トゥーロンは5分間身体を張ってゴールラインを死守、ついにクレルモンのノックオンで試合が終わった。
AWJは最後まで闘将だった。
「こういう終わり方になる運命だったんだ。もしかしたら負けていたかもしれない。でも今日はラグビーの神様は彼(AWJ)と僕たちの味方だった」とミニョニHCも満足気だ。
この日、2トライを決め、3つのジャッカルに成功したFLクーロンは、これまでの自己の限界を超えた活躍だった。
「彼(AWJ)からは常に学んでばかりだった。ラインアウトのリーダーをすることになったけど、彼のサポートのおかげで落ち着いてできるようになった。他にも、敵に疲れを見せてはいけないとか、フィジカルだけではなく、メンタルでも相手を圧倒しなければならないと教わった。小さなことだけど、こんなことが勝敗を分ける。この試合の前にFWの選手は彼からジャージーを受け取った。僕たちは彼のために勝利を掴みに行った。彼のために死んでもいいって気持ちだった」と熱く語る。
一方、AWJは「もしウエールズ代表に選ばれていたらW杯でキャリアを終えていた。でも僕はトゥーロンでキャリアを終えることができてラッキーだった。これまでトゥーロンでプレーした外国人選手や、今いるフランス人選手と比べれば僕のインパクトは微々たるものだけど、ここでプレーできたことにとても感謝している」と言うが、4か月という短い期間で、このクラブが最も必要としていたものを遺した。
レジェンドから受け継いだことを若い選手たちが継続できれば、今年こそトゥーロンはファイナルステージに進むことができるだろう。
それこそミニョニHCが望んでいることだ。