天国の父のため、ニューカレドニアから来てくれた母のため、仲間のために戦った。ペアト・モヴァカ[フランス/HO]
フランス代表選手のポスターがパリの街の薬局、スーパーマーケット、銀行などあちこちで見られる。
先週までは選手の表情から夢と希望が感じられた。ポスターは今も変わらないが、急に昔のもののように感じられるようになった。
自国開催のワールドカップ(以後、W杯)での優勝を目指していたフランスが、準々決勝で南アフリカに敗れた(10月15日)。
死闘の末、1点差で彼らの夢が砕け散ってしまった(28-29)。
この試合前にフランスのファビアン・ガルチエ ヘッドコーチは「権謀術数の世界だ」と話していた。
チーム編成、戦術、選手交代など南アフリカが準備した策が見事にはまったと言えるだろう。
さらに両チームの選手の経験の差も感じられた。
この4年間、世界のラグビーファンを魅了してきたフランスチームの若さが裏目に出てしまった。
試合終了のホイッスルが吹かれた。茫然とする選手、グラウンドに崩れ落ちる選手。彼らの顔は蒼白だった。
「悲しくて最悪な気分」だと、HOペアト・モヴァカは言う。
「試合後のロッカールームは恐ろしく静かで辛かった。もっと続けたかった。まだ終わりたくなかった」と試合の3日後、トゥールーズのローカル局のニュース番組で心境を伝えた。
初戦のNZ戦でジュリアン・マルシャンが試合開始後12分で負傷退場してから、モヴァカは今大会全試合に出場しており、どの試合でも目を見張る活躍だった。
南アフリカ戦でも相手ディフェンスを突破して40メートル走り抜けた。自らトライも決めた。
いて欲しいところに出てきて器用にパスを繋ぐ。ラックで相手のボールに手をかけペナルティも得る。ラインアウトも100パーセント成功と獅子奮迅の仕事ぶりだった。
FLシャルル・オリヴォンと共に今大会のフランスの最優秀選手だと私は思っている。
「『FWで圧倒してくる南アフリカと対戦するのが楽しみだ』と試合前日の会見で言ったから、自分の言葉に責任の持てるプレーをしたかった。個人的には満足だけど、ラグビーは団体競技だから試合に負けた悲しさの方が大きい」と心中を語る。
「南アフリカがフィジカルを全面に出して相手チームを圧倒しにくることはわかっていた。僕たちもこのインテンシティーの試合で対抗する準備はできていた」
55分まではフランスが優勢にも見えた。
「グラウンド上ではビッグゲームができていると感じていた。自分たちのプレーもできていたし、トライも取れていた。でも自分たちのミスから相手に簡単にトライを与えてしまったのがとても悔しい。相手を突き放すことができなかった。終盤、こちらのインテンシティーが下がってきた時に試合をひっくり返された」
また、レフリングにも苦しんだ。
「試合が終わって少し時間も経ち、少し客観的に考えられるようになったけど、まだ頭にたくさんのイメージが残っている。こちらに有利な笛になるような場面でも笛は吹かれなかった。いくつかのノッコンがどうして吹かれなかったのか、まだ理解できない。あんなことが続くと精神的に立て直すのが難しくなってくる」
「1点差ということは、見る人にもプレーする人間にも名勝負だったはず。後悔はない」と言いつつも「でも(レフリーの)ジャッジが…。今はまだ辛い」と本音を隠しきれない。
モヴァカは4年前の日本大会にも来日していた。
「2019年のシックスネーションズでジュリアン・マルシャンが負傷した後、トゥールーズで試合に出るチャンスが巡ってきた。そのまま連戦し、ラッキーなことにW杯の準備をする代表候補のグループに入ることができた」と話す。
「準備合宿に参加し、スコッドに選ばれて日本で第3戦のトンガ戦に出場するはずだったけど、試合前日のスタジアムランでケガをしてしまった。まだ僕の時じゃないんだと思った。それから4年間、フランス代表のジャージーをまた着られるようにハードワークしてきた」
トゥールーズでも代表でも、連戦してきた。トゥールーズではマルシャンと2人でスタメン、リザーブの役割を交互にこなしている。
だから、「まさかジュリアン(マルシャン)がこの大会の初戦でケガをしてしまうなんて思ってもいなかった」と本音を話す。
「ジュリアンがケガをした時に、復帰までに少し時間がかかりそうだということはわかった。今回の大会はジュリアンのものになるはずだったし、急に控えからスタメンになるのは簡単なことじゃない。でも、いつでも代わりが務められるようにトレーニングをしてきたし準備はできていた。何よりチームに最大限貢献したかった」
その言葉通り、尽きることのないエネルギーでフィールドを駆け回り、チームを前進させた。南アフリカ戦ではモヴァカを交代させるのが早過ぎたのではないかとも言われている。
「選手は誰でも80分プレーしたいし、僕もそう。でも決めるのはスタッフ。それについて僕は何も言うことはないけれど、こんな試合なら丸2日でもプレーし続けられる」と言い放つ。
そのエネルギーはどこからきているのだろうか?
「天国から見てくれている父のためにプレーしている。だから疲れも忘れてしまう」
しかもこの大会にはニューカレドニアから母が応援に来てくれていた。15歳でトゥールーズに入団して以来、初めてのことである。
「さらに頑張らなきゃと思った」
今後のことについては、「今はまだ辛いけど、切り替えなくては。今朝(水曜日)、ユーゴ(モラ/トゥールーズのHC)から電話で、休暇がもえられると言われたけど、クラブが必要なら、僕は明日でもプレーできるよ。若いから、まだまだ力があり余っている」と微笑む。
実はモヴァカは、パリからトゥールーズに帰る電車の中でこのインタビューに応じた。試合の翌日にチームが解散した後、この大会で代表から引退するウイニ・アトニオ(PR)とロマン・タオフィフェヌア(LO)ともう少し一緒に過ごしたかった。
「この2人のおかげで僕は成長できた。彼らと過ごした時間は僕にとってかけがえのないもの」と言うように、国歌斉唱の時も3人並んで肩を組んでいる。