アイルランド戦勝利で批判を一蹴。オールブラックス主将、サム・ケインの復活劇
ラグビーワールドカップ2023フランス大会の準々決勝でオールブラックスが、下馬評を覆して世界ランキング1位(試合時)のアイルランドに28-24のスコアで勝利した。
オールブラックスの勝利にラグビー王国のファンは、安堵した。エキサイトした。そしてニュージーランド(以下、NZ)国民のヒーロー(オールブラックス)を称賛した。
準々決勝の行われたNZの週末は、慌ただしかった。
10月14日(NZ時間)は、3年に一度の総選挙の投票日だった。結果は6年間続いた労働党が敗れ国民党の復活で政権交代が決まった。
その翌日10月15日(NZ時間)の午前8時からは、オールブラックスの試合。国民の皆がナーバスになりながら試合を観ていた。
◆プレッシャーの中で勝利を勝ち取ったオールブラックス
準々決勝の試合前の予想は、海外だけでなくNZ国内のラグビーファンでもオールブラックスがアイルランドに勝てる見込みは薄いと思っていた。
報道で言われていたように、試合当日のスタジアムは、アイルランドのサポーターが多くを占めた。完全アウェーの雰囲気だった。
それにより、ハカも観客からプレッシャーをかけられた。
隙のないアイルランドに勝つには、スタートダッシュが必須と言われていた。少ないチャンスをものにしたオールブラックスが理想的な立ち上がりを見せ前半20分で13-0とリードした。
まずは、FW戦で対等以上に戦えたことが勝利につながったと言えるだろう。
安定感抜群のアイルランドのセットピースに対してオールブラックスは、スクラムで何度か相手の反則を誘った。ラインアウトにおいては、相手ボールに積極的にプレッシャーをかけて時には、ボールを奪う事もあった。
極めつけは、フィジカルバトルで負けなかった事だ。指揮官イアン・フォスターHCが絶賛した6番シャノン・フリゼル、7番サム・ケイン、8番アーディー・サヴェアのFW第3列トリオが奮闘した。
特にケイン、サヴェアの二人は、ブレイクダウンで身体を張り何度も相手ボールを奪ってアイルランドの攻撃を遮断した。
ブレイクダウンの奮闘により、オールブラックスの持ち味の速い展開からトライに持ち込むことができた。これらの事から、勝ちのシナリオが出来たように思えた。
しかし、世界ランキング一位のアイルランドは簡単には勝たせてくれなかった。
CTBバンディー・アキ、SHジェイミソン・ギブソンパークのいずれもNZ出身の選手にディフェンスを破られトライを献上しハーフタイムまでに18-17と一点差に詰め寄られた。
特に後半スイッチが入ったアイルランドの攻撃は恐怖にさえ思えた。
ゴール前のラインアウトから一気にゴールラインになだれ込んだモール攻撃は衝撃的だった。
このトライにより25-24の一点差まで詰め寄られた。(64分)
味を占めたアイルランドは、再度モール攻撃で逆転を狙いに来た。しかし12番ジョーディー・バレットが懸命に阻止した。
残り時間僅かでスコアは28-24とオールブラックスのリードは僅か4点。ロスタイムを入れてのアイルランドの怒涛の攻撃は、37回もフェーズを重ねた。
最後は、アイルランドが攻め疲れるくらい、オールブラックスの粘り強いディフェンスで逃げ切った。大会後にNZを去る大ベテランLOサム・ホワイトロックがジャッカルで試合を決めたのはドラマチックだった。
この瞬間NZ国内は、大きな歓声で喜んだ。Sky Sportsのコメンテーターも吠えた。
ラジオでも、「サム・ホワイトロック、貴方はなんてすばらしいんだ!」と褒めたたえて声を張り上げた。
あれだけボールを支配され続けても、反則の一つせず規律を守り続けた。2枚のイエローカードが出て数的不利ながらも、一度もリードを許さなかった。まさに粘りのディフェンスの勝利だった。
◆批判され続けていたキャプテンの復活劇
ディフェンスの勝利をしたオールブラックスのなかで、黙々とタックル、ブレイクダウンで奮闘する選手が居た。
キャプテンのサム・ケインだ。
キャプテンに就任した2020年から怪我がちだったこともあり、パフォーマンスが良いとは言えない時期が続いた。それにより、NZ国内のラグビーファンからも批判が殺到していた。
そのケインのパフォーマンス批判は海外でも近年聞かれていた。
準々決勝の数日前にアイルランドのラグビー評論家がポッドキャストで話していた事は、衝撃的な内容だった。
そこでは、NZのFW陣の事をしつこく批判し、極めつけはキャプテンのケインについて、「サム・ケインは適切なラックの仕方を知りません。おそらくひどい目に遭うでしょう、それが正直なところだ。彼は大会の中で最も精度の低いラッカー(ラックに入る人)の一人にランクされるだろう」。
これがNZのスポーツラジオの中で話題になった。
昨年にさかのぼると、7月にアイルランドに敗れたホームテストシリーズの最終戦で相手のFLピーター・オマホニーに屈辱的な言葉を言われた。
「You’re just a s*** Richie McCaw」
日本語で表現するならば「お前は、リッチーマコウの足元にも及ばない」という感じになる。
海外からも批判を受けたケインは、準々決勝で屈辱的な言葉を口にしたオマホニーが6番で出場するアイルランド相手に奮闘した。
相手をひっくり返すタックルを何度も見せた。ブレイクダウンでも良い仕事をこなした。
批判を一蹴するケインの素晴らしいフォーマンスだった。
POTM(試合の最優秀選手)は、変わらず凄いプレーをし、トライも挙げたサヴェアだった。しかしケインもPOTMに値する気がしてならない。
「黙って俺についてこい」と言わんばかりの渾身のパフォーマンスでチームを引っ張ていた事は間違いないだろう。
そして、周りの選手もケインにつられるようにプレーし勝利をつかみ取った。
そんなケインに対して、貴重なトライセーブのディフェンスした12番ジョーディー・バレットは、「大きなテストマッチや大きなワールドカップでは、その試合に勝つのはディフェンスだということを我々は知っている。そして今夜、私たちが証明した。彼は大事な場面で躍動した。とてもフィジカルで、とても勇敢で、とてもタフだった」、とケインのプレーを称賛した。
試合後のNZ国内のラグビーファンの声も同じだった。
キャプテンに就任した2020年からチームも本人自身も苦戦にさらされていた。
しかし、アイルランド戦ではコーチ陣をはじめチームメイト、ラグビーファンから称えられた。
テストマッチ17連勝中だったアイルランドを見事に倒したオールブラックス。NZ国民からの信頼も再度得られた様子がうかがえる。
アイルランドとの死闘を制したオールブラックスの選手たちに笑顔が戻った瞬間だった。「アンダードック」なんてもう言わせない。
優勝マジック2になった。このままの勢いで頂上まで行けるのか。
強さを取り戻したオールブラックスを最後まで見守りたい。