コラム 2023.08.31
【コラム】知らなかったことを知る。だからワールドカップはおもしろい。

【コラム】知らなかったことを知る。だからワールドカップはおもしろい。

[ 直江光信 ]

 冒頭に記したチリは、ホームアンドアウェーの2試合トータルのスコアで争うアメリカ大陸予選プレーオフでアメリカをわずかに1点上回り(21-22、31-29)、悲願の初出場を遂げた。今回の初出場チームはこのチリだけで、過去の大会をさかのぼっても2007年のポルトガル以来4大会ぶりとなる。日本代表とすれば歴史的ファーストマッチの対戦相手になるのだから、大変な名誉だ。

 これまでチリがティア1勢とテストマッチを戦ったことはないが、2018年に就任したウルグアイ出身の情熱家、パブロ・レモイネ ヘッドコーチのもとでメキメキと力を伸ばし、いまやアメリカやカナダをしのぐ存在になりつつある。アメリカとのプレーオフ第1戦でSOロドリゴ・フェルナンデスが約80メートルを走り切って挙げたトライは、昨シーズンのワールドラグビーアワードで年間ベストトライに選出された。個人的に忘れられないのは、2012年にソルトレイクシティで開催された20歳以下の世界大会「ジュニアトロフィー」を取材した際のU20チリ代表の印象だ。当時日本ではほとんど知られていなかったが、いかにも身体能力が高そうなスラリと足の伸びたアスリートたちが、ダイナミックに駆け回る戦いぶりを見て驚嘆したことをよく覚えている。

 いまやよりすぐりのプロフェッショナルがハイパフォーマンスを競う舞台となったワールドカップにおいて、異彩を放つのはアフリカ地区代表のナミビアだ。現在も代表スコッドには少なくないアマチュアプレーヤーが含まれており、無骨ながら使命感をたたえたプレースタイルは見る者の心を打つ。チームネームは、同国のナミブ砂漠に分布し千年以上生きるといわれる植物からとった「ヴェルヴィッチャース」。胸のエンブレムは、国章にも描かれている白と赤褐色、黒の体色のコントラストが美しいサンショクウミワシ(African fish eagle)だ。

 エンブレムにまつわるエピソードをもうひとつ。2007年フランス大会の直前にラグビーマガジン編集部でワールカップ展望号の編集作業にあたっていた時、ジョージア代表(当時はグルジアと呼んでいた)のエンブレムの由来がなかなか判明しなかった。風車? いや何かの花では? インターネットで海外のサイトをさんざん探し回ってようやく発見したのが「雲間からもれる太陽の光」。正確には太陽と光、永遠を表す同国の伝統的なシンボル、「ボルジュガリ(Borjgali)」だった。あらためて世の中には、自分の知らないことがあふれている。

 今大会の注目チームは。ジャパン以外なら南太平洋の3か国、フィジー、サモア、トンガと答える。ワールドラグビーの規約変更で、36か月以上テストマッチに出場していない選手はルーツを持つ国に一度だけ代表資格を変更できるようになり、かつてオールブラックスやワラビーズでプレーした数多くの世界的選手が、祖国の代表として出場することになった。図抜けたフィジカリティを誇る猛者ぞろいの集団に、ハイプレッシャーの戦いを熟知する名手が加わったのだから、チーム力の飛躍的な向上は疑いない。国際ラグビー界の勢力図が、今大会で塗り替えられる可能性もある。

 余談ながら外務省のウェブサイトに掲載されたデータを参照すると、その3か国の総人口はフィジーが約92.4万人、サモアが約21.8万人、トンガは10.6万人。海外に移住する人が多い国柄とはいえ、日本の地方都市と同等の規模である。それなのにこれだけの人材を輩出しているのだから驚異的だ。

 最後に、日本代表について。直近のゲームを見ればとても楽観はできない。ただ、前哨戦の結果がチームの実力を正しく表しているとも思わない。厳しい鍛錬は、たいてい一拍遅れて実を結ぶ。鍵となるピースがカチリとはまれば、一変しそうな予感はある。

【筆者プロフィール】直江光信( なおえ・みつのぶ )
1975年生まれ、熊本県出身。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。早大時代はGWラグビークラブ所属。現役時代のポジションはCTB。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。ラグビーを中心にフリーランスの記者として長く活動し、2024年2月からラグビーマガジンの編集長

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