ワールドカップ 2023.07.27

ふさぎ込んだ日々からの復活。サモア代表PR、ポール・アロ=エミール

[ 福本美由紀 ]
ふさぎ込んだ日々からの復活。サモア代表PR、ポール・アロ=エミール
日本代表戦でサモアの主将を務めたPRポール・アロ=エミール。(撮影/松本かおり)



 先日の日本代表のサモア戦(7月22日/札幌)でシバタウをリードする、サモアのキャプテンのPRポール・アロ=エミールを見て胸が熱くなった。

 アロ=エミールは2015年にオーストラリアのワラターズからスタッド・フランセに移籍し、みるみるうちにピンクのジャージーのスタメンに定着し、2020年にはキャプテンに任命された。

「予想していなかった。(3季キャプテンを務めた)ヨアン・マエストリや、(長年クラブに在籍していた)ポール・ガブリヤーグ、さらにアルゼンチン代表キャプテンのパブロ・マテーラのようなリーダーがいるのに、(当時のヘッドコーチの)ゴンザロ・ケサダは僕を選んでくれた。大変光栄なこと」と本人は驚きながらも喜んでいた。

 彼をキャプテンに選んだケサダHCは、「選手からリスペクトされていて、チームの模範となる選手だ」と理由を説明した。

 2015年にアロ=エミールをスカウトしたのもケサダHCだった。
「入団当時は片足を負傷していたし、体重も重すぎた。彼にとっては決して容易ではなかったが、フランスの言葉、文化、習慣を学びながら並外れた努力をしてチームに溶け込もうとしていた」と当時の様子を思い出す。

 いまアロ=エミールは、英語とフランス語を使い分けてチームメイトに語りかける。

「冷静」、「落ち着き」、「実直」、「リスペクト」。アロ=エミールを語る時に使われる言葉である。

 2021-2022シーズンが始まる前には、「がっしりした体格(180センチ/136キロ)でスクラムも強く、フィールドでもよく動く。トップ14のベスト右プロップだ。しかも彼とスクラムで対戦した選手から、斜めに押してくるとか、崩そうとしてくるとか聞いたことがない」と、当時バイヨンヌのHCだったヤニック・ブリュが絶賛していた。

 しかし、2022年3月6日のトゥールーズ戦を最後に姿を見せなくなった。最初は鼠蹊部の負傷と発表されていた。

 新しいシーズンが開幕してもアロ=エミールの不在は続いた。昨年10月、スタッド・フランセのハンス=ピーター・ワイルド会長が、『ミディ・オランピック』へのインタビューで「心の病」だと明かした。

「昨年5月に重度のうつ病だと診断され、2か月入院していた」と最近のインタビューで本人が当時のことを打ち明けている。

 何の予兆もなく、突然やってきた。
「何もしたくなかった。エネルギーがなくなっていた。なぜかわからないけど、自分が空っぽに思えた。脳から発信されるメッセージはネガティブで自分でなくなっていた。ある日、命を断とうとした。気がつけば病院だった」

 ホームシックが原因だったのだろうか?
「オーストラリアに帰り、砂浜を見て、釣りをして少し気分は良くなったけど、何も解決されなかった」

 キャプテンのプレッシャーが重くのしかったのだろうか? このシーズンはケガが多く、チームの戦績も良くなかった。
「キャプテンに任命された時、とても誇らしかったと同時に、とても大きな責任を感じた。セルジオ・パリッセの後継者になるのだから。彼はパリだけではなく、世界のレジェンド。そのレベルに見合うよう努力していた」

 闇の中から助けてくれたのが、家族、チームメイト、友人、そして精神科医や心理カウンセラーだった。
「長期にわたってカウンセリングを受けることで、少しずつ心を開き、タブーもなく、どう受け取られるかと案じることもなく話すことができた」

「ポリネシア系の文化では、心を開いて自分の感情を口にすることは良くない事と考えられている。この慎み深さは、僕たちボリネシアの人間のハンディキャップになりがちだ。自分はオーストラリアで育ったから、そういうことはないと思っていたけど、それは間違いだった」

 ルーツだけではなく、「弱み」を見せにくい立場や環境もアロ=アミールを追い詰めた。
「僕を頼ってくれて大丈夫だよとチームメイトに見せるために、強くあらなければならなかった」

「でも、僕の病のことを知ると、彼らも心を開いて悩みや不安を打ち明けてくれた。僕たちを隔てていた壁が一気に崩れ落ちた。だから自分の経験を人に伝えたい。『ポール(アロ=エミール)も経験したんだ。僕も寂しかったり、ストレスを感じたり、プレッシャーに苦しんだりすることもあるさ。ポールが助けてもらったように、僕も誰かに話して助けてもらおう』と思ってもらいたい」
 自身の体験を分かち合うことで、苦しんでいる人の助けになればと願っている。

 昨年11月に半年ぶりに練習を再開した。
「半年間、何もしていなかったから体重も増えた。ランニングが一番きつかった。スクラムの練習ではトイメンのチームメイトが手加減なしにゴリゴリ押してくれたよ。この感触がほしかったんだ」と久しぶりのスクラムに喜んだ。

 12月上旬にチャレンジカップのライオンズ(南アフリカ)戦で試合復帰を果たし、その後順調に試合を重ね、最終的に16試合、618分プレーしてシーズンを終えた。
「フィジカルの状態を戻すことができればワールドカップ出場のチャンスがあるかもしれない」と言っていたのが7か月前。チャンスを掴むまでもう少しのところまで来た。

 サモアには、現在チャンピオンズカップの決勝でレッドカードを受けて出場停止中のレンスター(アイルランド)のマイケル・アラアラトア(31歳、191センチ/132キロ)や、日本戦に後半出場した元オールブラックスのチャーリー・ファウムイナ(36歳、185センチ/130キロ)と経験豊富でパワフルな右プロップが揃っている。


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