電柱タックルも。165センチのFL、髙橋松大郎(松山東/1年)の早稲田愛
165センチで一浪。地方公立高校の出身だ。
花園は遠かった。
高校3年時のラストゲームは花園予選の愛媛県大会準決勝。新田高校に0-144と大敗した。
髙橋松大郎(まつたろう)。その名前も、なんとなくいい。
小柄なフランカーは愛媛県立松山東高校の出身。同校から早大ラグビー部に入部したのは、1997年度卒の伊藤照秀さん以来、ほぼ30年ぶりのことだ。
高校最後の試合はCTBでプレーした。
SH、FL、HOの経験もある小兵はいま、FLでの成長を目指している。
入学以来、ここまで2試合に出場。早慶新人戦、早明新人戦の終盤にピッチに立った。
それぞれの現在地によって、カテゴリー分けされる部員たちの中で、いまはEチームにいる。
「まずは、大学ラグビーで戦える体を作ることに集中しています」
体を大きくしつつ、フィットネスを高めるのは簡単ではない。
しかし体重は浪人時代より7キロ増えて72キロ。たくさん食べ、よく鍛えた結果だ。
同期には、高校日本代表や花園経験者が何人もいる。現段階では、自分と大きな力の差があることは認めざるを得ない。
しかし、髙橋は誰にも負けない武器を持っている。早稲田愛だ。
転機はラグビーを始めた高校1年時だった。
チームスポーツをやってみたいと思っていたとき。部の勧誘を受けて入部。楕円球を追って数か月過ぎた頃だった。
足の骨折による入院時、顧問の先生が『早稲田ラグビー100年』という雑誌を持ってきてくれた。
OB、現役の熱が伝わる記事に引き込まれた。
退院後、いつも練習に顔を出してくれる松山東高OBで、早大ラグビー部で青春時代を過ごした方に大学時代の話を聞きにいくようになった。
和泉武雄さんは、1968年度早大卒。名FLとして活躍した人だ。高校のすぐ前で造園業を営み(和泉明治園)、いつも後輩たちの練習をみてくれている。
赤黒の空気やカルチャー、歴史に興味を持つ少年に、和泉さんはいろんな話をしてくれた。
「昔のビデオを見せてもらったり、話を聞いたり、大西(鐵之祐)先生の本を何冊も貸してもらいました」
ラグビーって、こんなにも熱くなれるスポーツなのか。早稲田ラグビーって、いいな。
そんな気持ちがどんどん膨れ上がっていった。
しかし知れば知るほど、そのレベルの高さやストイックさも知ることになる。
そこに自分が飛び込んで、果たしてやっていけるのか。そう考え、悩んだこともある。
国立大の理系に進学する選択肢も頭に浮かんだ。
「浪人しているときに時間もできたので、いろいろ考えました。そのとき、早稲田以外でラグビーをしている自分の姿を想像できませんでした。本当に自分がしたいことはなんだ、と考えました」
結果、「後悔しない生き方をしよう」と決めた。
見事に大学入試を突破したこの春。しかし試練は、そこで終わりではない。正式入部には新人練を乗り切らないといけない。
体力的に追い込まれる前半。やがて、スキル練にも入る。
このレベルにはついていけないと、途中で入部を諦める者もいた。
「浪人中も体が鈍らないようにはしていましたがつらかった。ただ、みんなと励まし合ってなんとか乗り切りました」と話す髙橋。
支えとなったのは、やはり早稲田愛だ。
「楽天的なのが良かった。僕だって(周囲と)レベルが違うと感じましたが、早稲田でラグビーをやったらうまくなれる、という楽しみの方が大きかった」
同期には、テレビで見たことがある人もいて、最初は距離を感じたこともあった。
しかし時間をともにして素顔を知ってしまえば、「確かにみんなの方がラグビーはうまいけど、人間らしさを感じました」と笑う。
小学校から高校まで、父の勧めもあって囲碁に取り組み、その世界では有名だった(中学時代は柔道部にも入り、高校時代も、一応囲碁部にも籍を置いた)。
県大会で何度も優勝。四国大会優勝の経験もあり、全国大会でも活躍した。弟は現在、プロ棋士の少し手前にいるそうだ。
幼少期から、「勝負事には勝て」と父に教わってきた。
囲碁に勝つには、「頭が熱くなるまで考えることが大事。そうでないと勝てない」と話す。その信念は意識に深く刻み込まれている。
対局の場で相手と向き合ってきたから、「読む」力に秀でる。ラグビーでも、そこを強みにしたい。
「運動量で誰にも負けないようにして、相手の動きを読んでプレーし、はやく接点にいけるようにしたい。ポイントの真後ろに入る。それはジャッカルでも大事なことなので」
憧れのデイヴィッド・ポーコック(元オーストラリア代表)もそうだった。はやく自分の武器を身につけたい。
「和泉さんには、味方のBKの動きはすべて分かっておけ、と教わりました。そうでないと、サポートが遅れる、と」
人と同じことをやっていては、勝負にも、競争にも勝てない。囲碁でもラグビーでも同じことだ。
練習も、人と一緒のことだけをやっていてはいけない。独自のことに取り組む。
上井草グラウンドの一角にある早大ラグビー部伝統の練習場、『綱のぼり』にぶら下がる。
スローイング練習用のリングが付けられた電柱へのタックルも、繰り返しおこなう。
和泉さんは、バックローに必要な『8の字の足の運び』を仕込んでくれたり、早大ラグビー部に昔から伝わる伝統的な練習法も教えてくれた。
その中のいくつかが、綱のぼりであり、電柱タックルだ。
「かいなを返して肩の筋肉を出せば、全力で電柱にタックルしても痛くないと教わりました」
驚いたのは、それと同じことを、現役の川崎亨コーチが言っていたことだ。
「自分たちより大きな相手に勝つラクビーをする。そのためには、相手より多く走り、低くプレーする。それが長く継承されている。そんなところにも、早稲田ラグビーのプライドを感じています」
まだ僅かな時間も、早稲田の一員としてプレーできた喜びを感じた。
上のカテゴリーに這い上がるには相当な努力が必要と実感しているけれど、本当に、このクラブに入って良かった。
自分と同じような境遇にいる高校生たちに、伝えたい。
「本気でやる気があるなら、目指す価値があるところです」