野口竜司が好捕。ワイルドナイツ、要所抑えイーグルス圧倒。国内タイトル3連覇へ。
雨に降られるファンの視線が、グラウンドからオーロラビジョンに移った。一度だけではなかった。
TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)と呼ばれる映像判定で、危険なプレーを見返す場面がキックオフ直後から計4度。果たして10分間の一時退出を指示するイエローカードが2枚、一発退場にあたるレッドカードが1枚、出た。
いまのラグビー界では、首から上へのコンタクトは厳罰に処される。技術の進歩が生んだTMOの活用は自然な流れだが、当該の反則が発生してだいぶ経ってからの再確認もあったのも確か。ファンの心がずっとグラウンドから離れなかったのかは、未知数である。
それでも当事者たちは、スイッチを切らない。
5月13日、東京・秩父宮ラグビー場。舞台はリーグワン1部のプレーオフ準決勝だ。その場に立つ戦士、チームは、突発的な事象に動じないだけの適応力を有する。もしくはそうであろうとする。
昨季王者である埼玉パナソニックワイルドナイツの坂手淳史主将、初の4強入りを果たしていた横浜キヤノンイーグルスの嶋田直人ゲーム主将はそれぞれこう述べる。
「古瀬(健樹レフリー)さんは、僕たちにも、イーグルスさんにも、ボディハイト(姿勢の高さ)、ラックでの危険なプレーについて常にコミュニケーションを取っていた。そのなかでは、危険なプレーをしてしまった選手に非があるかなと。決められたルールのなかでやり続けることが、選手としても大事です」
「(相手の肩から上に)当たったら(反則を)取られちゃうので。実際、疲れてくると姿勢が高くなる。そういう時にも正しいスキルでタックルに入るのは、プレーヤーの責任です」
少し踏み込んだのは両軍の指揮官か。それでもTMOが続いたこと自体には、一定の理解を示している。
まず、ワイルドナイツのロビー・ディーンズ監督が述べる。
「これもラグビーの一部分。TMOをなくして試合ができればよいですが、選手の安全が第一です。全員が最善を尽くし、試合を安全に遂行しようとしています」
イーグルスの沢木敬介監督も、それと似た立場を取る。
「ハイタックル(首から上へのタックル)はちゃんと(反則を)取れるようにしなきゃいけない」
この日唯一のレッドカードは、自軍CTBのジェシー・クリエルが食らった。後半27分だった。
ワイルドナイツ側のジャッカルを、クリエルが引きはがしにかかっていた。その際、クリエルの身体が相手の首から上に当たったのだ。
これを受け、沢木は「レッドカードをイエローカードにできないかな」と冗談を交えてクリエルをかばいもする。
「あの体勢で、どうやって相手をはがしにいくんだと。あれ(実際に起きたプレー)以外はないと思うんで、僕はね」
ただしその前提で、念を押していた。
「もちろん、(危険なプレーは)やっちゃだめですけどね」
少なくとも、31点差で負けたのを周りのせいにはしない。
敗戦の弁はこれだ。
「プレッシャーゲームのなかでどういうプレーが必要で、何が大事か。経験のない選手が多いなか、チャンピオンのワイルドナイツと戦えていい勉強になったと思います。現状、こん(れ)ぐらいの差はあるんだろうなと僕らも受け止めて…。ただ、いままで築いたものには自信を持っていいと思うんで、この、今日の負けでこれが全部消えるわけじゃない」
イーグルスは前半から、確たる作戦をもとに加速した。
ワイルドナイツの反則の繰り返しを経て、14分に7-0と先制。以後は中盤からハイパント(高い弾道のキック)を多用し、落下地点での再獲得からチャンスを作りにかかった。
その流れで敵陣ゴール前に入ったのは、同20分である。SHのファフ・デクラークによる奇襲攻撃などで、14点目を獲得する。前半終了間際には、SOの田村優が約50メートルものドロップゴールを決める。
イーグルスは序盤、ペースをつかんでいたように映った。しかし、ワイルドナイツのCTBであるディラン・ライリーは淡々と述べる。
「焦りは、なかったと思います。自分たちのできるラグビーは、自分たちが一番よくわかっている。それを発揮するまでに少々、時間はかかったのですが、準備してきたことを体現するよう意識し、そうしました」
のちの勝者は、主導権を握れずにいた前半も得点上は食らいついていた。
自軍キックオフからのプレッシャーなどから、敵陣でイーグルスの反則を誘発。かくして点を刻んでゆく。
特に光ったのは、29分の動きだった。
表現者は野口竜司。ワイルドナイツのFB だ。
自陣で球を持つと、相手防御の並びを見定め敵陣22メートル線付近中央へ鋭くキック。その行く先へ駆け上がり、捕球役へタックルを決めた。
その接点へ味方が相次ぎ差し込んだことで、9点目をおぜん立てした。
果たしてワイルドナイツは、15-17とビハインドを2点に抑えてハーフタイムに突入した。
「疲れてる?」
「全然、疲れてない」
「じゃあ、動こうか」
坂手らがロッカー室でこんなやりとりをして迎えた後半開始早々には、鋭いカウンターアタックなどで逆転する。折しも、イーグルスにイエローカードによる数的不利があった。
さらに22-20となっていた13分。殊勲の野口がまたも魅する。
ハーフ線付近左で、デクラークが蹴ったハイパントへ向かう。ジャンピングキャッチ。観客を驚かせる美技。
「僕的には、ちょっと浅かった(思っていた落下地点よりも手前にボールが来た)ので(ボールへアプローチする)スタートが遅れちゃって、低い位置でのキャッチに」
本人は謙遜するが、この動きはワイルドナイツにビッグチャンスを与える。
野口は球を捕って着地するや、目の前にあったイーグルスの穴をしなやかに突く。するりと抜け出し、右側にパス。それを受け、前方へ鋭く蹴ったのはライリーだった。
「野口選手は非常に高いスキルを持っていて、我々は信頼を置いています。あの場面では、自分が野口選手に対してどう貢献できるかを考えた。サポートプレーに入ることです。その後キックという選択をしたのは、うちにはマリカのような足の速い人がいたから」
その言葉通り、WTBのマリカ・コロインベテが敵陣22メートルエリアでライリーのキックへ追いつく。そのまま止めを刺す。直後のコンバージョン成功で29-20と、突き放しにかかった。
野口は、ライリーだけではなく指揮官のディーンズからも褒められた。
「選手名を挙げるなら野口竜司。イーグルスが自分たちに何をするかをわかっていて、それを普段通りに受け止め、アタックできた。彼の空中戦での競り合いは素晴らしい。国際レベルにも感じる。また、チェイス(キックを追う動き)も素晴らしい。それができるからこそ試合に違いを生んでくれる」
対するイーグルスの顔役で、現役南アフリカ代表のデクラークもこう語る。
「そこ(野口の空中戦)での差が(試合結果に)現れたと言えるくらい、彼は優秀な選手だと思います。安定したパフォーマンスをしていました。キックでも、キックチェイスでも、チームを引っ張っていた」
当の本人は、もっと自分に期待しているようだった。
「まぁ、裏のスペースは見えていた。ただ、ロング(長距離のキック)をノーバウンドで捕られたところもあった。もう少しうまいこと蹴られればなと」
終盤はワイルドナイツの独壇場と言えた。
野口、ライリーの動き、コロインベテのトライが決まった直後は、キックオフの攻防から主導権を握る。ライリーのトライなどで36-20と加点。23分を残し、安全水域に突入しかける。
その後は敵陣で攻撃権を得るや、左右に球を振りながらタッチライン際でキック。エリアを保ち、逃げ切りを図った。
イーグルスのクリエルがレッドカードで去ると、ワイルドナイツは点数を刻む。39-20で迎えた31分には、自陣中盤でのペナルティキックから速攻。左へつなぐ。
最後はコロインベテが快足を飛ばし、自身にとってハットトリックとなるトライをマークした。
結局、51-20とした。ディーンズは総括した。
「厳しいプレッシャーをかけられ、我々のモメンタムを妨害され、流れをつかめませんでした。そのなかでもうちの選手たちは、自分たちの道を探し、勝利してくれた」
敗れた沢木もまた、戦況について話す。
時間帯ごとのハイパントの活用度合いを踏まえ、こう言葉を選ぶ。
「前半はボールの失い方がそんなに悪くなかった。(ハイパントを蹴って圧をかけるのは)自分たちのプラン通り。ただ、自分たちが意図してボールを手離した時もあれば、苦し紛れに離した時もある。…後半、人数が少なくなった時は、パニックになったんじゃないですかね」
現体制を敷いて3季目。下位から脱して間もない。
それでも、最後のトライを奪われる直前には自陣ゴール前で奮闘。粘った。嶋田は「プライド」があったと重ねる。
「最後、皆で言っていたのは、プライドを見せようというところ。こういう舞台に来て、点数が離れていった時にあきらめてしまうと、もっとひどい試合になっていたと思う。この舞台に立っているプライド、試合に出ている責任…。その部分(を意識した)」
こうしたアクションの堆積により、笛やスコアに左右されない試合の格を保たんとした。
勝った坂手もうなずく。
「身体も痛いですし、しんどいゲームでした」
旧トップリーグ時代から続く国内タイトル3連覇を見据えつつ、リーグ屈指の伏兵に敬意を表した。
ラストワンプレーは、反撃に出るイーグルスの落球だった。
ここでボールをそらしたのはFLのコーバス・ファンダイクだ。
それまでの80分でひたすら接点で身を粉にしていたから、責められるはずがなかった。