コラム 2023.05.04

【コラム】質問の答えは「高橋泰地」でした。

[ 藤島 大 ]
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【コラム】質問の答えは「高橋泰地」でした。
(撮影:松本かおり)

 活字が好きで好きで、昔、おおむね25年ほど前までは電車の中で読む雑誌や新聞、書籍が尽きると途中下車して売店でもとめた。スポーツ紙記者のころは同業の各紙に加えて日本経済新聞を含む全国紙をまとめて購入、それが絨毯を丸めたみたいにカバンから突き出て、そのまま出勤した。

「君は新聞が好きだね」。新聞社の上司に言われた。
 
 本年4月。福岡と大阪でうれしくもラグビー愛好者の集うイベントに呼んでもらい「トーク」をした。これが慣れない。共演者で進行も担ってくれる同士(こちらはそのつもり)、敬称略で村上晃一が横にいてくれるのにぎこちなく、黙れば照れるので頭を占めるあれこれだけをどんどんしゃべって、あとで恥ずかしくなる。書けば説明できる思考がとっちらかる。
 
 と、そのたぐいのことで暮らしを立てている人間のちっぽけな反省など読者にとって無意味だ。ただ両日とも参加者の「質問の時間」があって、脳の内部が「読み書き」で成立しているので、とっさに反応できない。ここに福岡・薬院の『語り亭』と大阪・本町の『MANUKA 』の善良なる人たちにうまく答えられなかった幾つかを活字にしたい。

 最近、印象に残るキャプテンは? 当日は名前がすっと浮かばなかった。数時間後に頭の扉を内側からノックされた。しまった。こう述べるべきだった。

 2021年度の日本体育大学主将。高橋泰地。関東大学対抗戦5位。筑波大学を破ったのはニュースだった。実に13シーズンぶりの全国選手権出場を遂げた。同4回戦で関東リーグ戦2位の日本大学に22-41で敗れる。背番号6の主将はずっとタックルをしていた。翌日、話を聞いた。

「全身がバチバチです。試合後に食事をしたのですが元気がなくなってしまって」

 元気がなくなってしまって。脚本家には紡げぬ言葉だ。オールアウトの実例である。骨の太い統率はタックルまたタックルのグラウンドの内だけでなく、外においても存分に発揮された。

「キャプテンに選ばれてベスト4という目標を学生主体で掲げました」

 白状すれば「対抗戦4位」と思った。違った。全国4強。最初に聞いて笑った部員もいたそうだ。でも揺るがない。「あえて優勝としなかったのはベスト4に行けると思っていたからです」。このときチームは大きく前へ進んだ。

 高橋泰地は秋田工業高校出身である。茨城は日立の中学時代、どこかの大会で同校のひたむきなタックルを見てほれ込んでしまった。2018年の元日、3年の花園3回戦で東海大学付属仰星高校と27対27と引き分けた。トライ数で劣り上位へは進めなかった。仰星は長田智希(ワイルドナイツ)や河瀬諒介(サンゴリアス)を擁し、結果として同大会を制した。あの接戦を現場で見た。秋田工業はモールに徹した。インプレーの時間を削り抑えて才能の差を埋めようとした。

「モールが止まるとバックスに展開、そこでまたモールを押す。足はパンパン。試合中にずっとこれでやっていこうと選手が決めました」
 
 大学はバチバチで高校ではパンパン。動かして押すところに工夫があった。普段、押してばかりのチームにはできない。その秋田工業は客観的には難しくとも「全国制覇」をあくまでもめざす。

「日本一という目標をかなえようとすると、部員の行動も定まってくるんです」。若くしてそのことを知った。知るのみならず猛然と実践した。

 学生時代は「177㎝・92㎏」。サイズは平凡だ。3年のシーズンの負傷の影響もありトップのリーグに縁はなく、秋田ノーザンブレッツを選んだ。本年1月、本人が連絡をくれた。目標であるリーグワンのクラブ入団をかなえるため2月にニュージーランドへ。ファンガレイのオールド・ボーイズ・マリストに加わる。調べたら4月末のゲームにも7番で出場していた。好漢に幸あれ! 近年のわが名キャプテンは高橋泰地です。

 今季の大学ラグビーはどこが強いのか? 

 帝京大学。と話したが滑らかではなかった。学生王者の予想には時期が早い。いまは大学ラグビーの実相について、この場に記したい。

 ひとつ。勝負は大きくて明らかな旗を掲げると強い。9連覇の帝京は、さまざまな領域で他校が追いつくと、さらに向上を図り、途切れたのち、また連覇を果たした。立派だ。現代はさまざまな情報へのアクセスが可能で、強豪校ならスキル開発や練習の方法そのものや理論にさして差はない。違いは質量が生む。そこでいっそう高度な設備を用いての体づくり、栄養管理、それらを包括する「休養」まで緻密に進める。根底には厳しい部内競争がある。

 帝京はここまでする。そんなイメージによって他校が動く。同じ道を選ぶのか。いや「うちには難しい」と異なる態度で臨むのか。いずれにせよ相手が考える。それは動揺にもつながる。たとえば学生スポーツのあり方にまでさかのぼって悩むかもしれない。

 わが生き方(行き方)をはっきり示す。それに対して挑む側がいかにどっしり構えるか。「ここが大学ラグビーの焦点です」と伝えたかった。

 リーグワン、ワールドカップ、最後に笑うのは? 

 どちらも決勝の2日前にわかる。厳密には「わかるかも」。ファイナルの実力は拮抗している。ならば監督およびキャプテンの「達観」と「必死」の最良のバランス、言語にすると「すべきことをすべてして、どこかふんわりと軽い」境地にキックオフ48時間前に達した側が勝利する。

 ワールドカップ。プロのラグビー史の段階として、経済の厚み、すなわち「よりカネの集まるところ」の代表が凱歌に浸るべきでは。「べき」とはそうあってほしいの意味ではなく「そうなるのが自然」。かつての南半球優勢は薄まり縮まり、現時点では「北」がいくらか前に出る。フランス、アイルランドの充実は確かだろう。ただ、本命にきわめて近いダークホースに位置づけられるオールブラックスはおそろしい。

 以上があの夜、答えたかった内容です。

 もともとは書いてばかりの筆者は試合の放送解説でも細かな失敗をたくさんしてきた。たまにインスタントに自分の感覚を発声しそうになり、こわい。調べ切っていない生煮えの知識を口にしたり、「疑って解き明かす」と「責める」のあいだの川を渡りかけたり。

 職域にも注意が必要だ。「こんどの女子代表のテストマッチはおもしろくなる」と、ここまでまでは許される。本当なのだから。では「みなさんチケットを買ってスタジアムに足を運んでください」は? そこは主催者、たとえばラグビー協会の領域だろう。解説者に観戦をうながす資格はない。目の前の攻防について「よくわかるように分析して説明(広辞苑の解説の語義)」するのみだ。

 以上、「話す」について「書いて」整理した。あらためて気づく。似ているけれど違う仕事を行ったり来たりできるのは悪くない。イベントで質問してくださったみなさま、また会いましょう。

2021年度・日大戦(撮影:松本かおり)
【筆者プロフィール】藤島 大( ふじしま・だい )
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、'92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『ラグビーの情景』『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』(鉄筆文庫)など。ラグビーマガジンや週刊現代に連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。J SPORTSのラグビー中継解説者も務める。近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ) 。

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