【コラム】高3の夏。アイルランド、そして安井龍太[横浜キヤノンイーグルス]
内(うち)くんが泣いていた。
肩は強いがノーコン。パワーはあるが、バットにボールが当たらない。
体格は立派で、いま思い出すとラグビーに向いていたかもしれない。
高校時代は野球部だった。そのときの同期のひとりが内くんだ。
3年生時の甲子園鹿児島県予選。志布志実業に逆転負けした後のことだ。
高校時代最後の試合を終え、鹿児島市営球場の外で円陣を組んだ時だった。
その日はセンターのテツが、熱を出しながら出場した。
内くんは、「代わりにもなれなかった」と言って試合後に悔し涙を流した。
県立弱小校の野球部なのに、かなりの練習量だった。
だから毎度の練習では、いつもみんなで、「早く終わんねえかな」、「また(監督に)怒られたよ」と、文句ばかり言っていた。
最後の試合が終わった時、その瞬間こそ悔しかったものの、正直、すぐに「明日から自由だ」と嬉しかった。
そんな時の内くんの涙だった。
控えの選手たちの気持ちが分かっていなかったなあ。
いまでも、いろんなチームのシーズン最終戦の場に居合わせたとき、あのシーンがよみがえる。
Bチームの存在意義は、交代要員や練習相手にとどまらない。
チーム全体が成熟する上で欠かせぬものだ。
Aチームの選手たちは、試合に出られぬ者たちの思いを背負ってプレーする。
Bチームはレギュラー選手を脅かす力をつけ、試合に出られないと決まれば、そのとき自分ができることを探して全力を尽くす。
結果を残したチームの内情を知れば、AとBが密接な関係にあることが多い。
2月5日に開幕したシックスネーションズ。第2節(2月11日)では世界ランク1位のアイルランドと2位のフランスが対戦した。
結果は32-19でアイルランドが快勝。9月に開幕するワールドカップへ向け、強化が順調に進んでいることを感じさせた。
試合後の会見には、アンディー・ファレル ヘッドコーチとジョニー・セクストン主将が出席した。
試合までの足取りを振り返る中に、こんな話があった。
シックスネーションズの開幕前、ウエールズ戦を控えたアイルランドは、初戦のメンバー×ノンメンバーの紅白戦に近い練習をおこなった。
その練習直後のハドルでセクストン主将が言ったことをファレルHCは聞いていたそうだ。
「(主将は)2チームのどちらがアイルランド代表としてシックスネーションズの初戦を戦っても、勝利を収められるくらい素晴らしいパフォーマンスだった、と話していました」
フランス戦前、ロッカールームでハドルを組んだ際はギュッと固まっていた。
セクストン主将は、「それ(一体感)が勝利の大きな要因です。コーチ陣は選手が一つになれるような環境を作り上げてくれています。同じ時間を楽しみ、トレーニングでは厳しいことをともに乗り越え、厳しいことを言い合い、一緒に成長していく過程を楽しめている」と話した。
その試合の2日後、横浜キヤノンイーグルスのグラウンドで、安井龍太と会った。
FWバックファイブならどこでもプレーできる33歳。コベルコ神戸スティーラーズから移籍して3シーズン目のベテランだ。
今季は東京サントリーサンゴリアス戦に先発した1試合だけの出場にとどまっている。
しかしチームへの貢献度は高い。ノンメンバー組のリーダー的な存在だ。
イーグルスでは控えチームのことを『ライザーズ』と呼ぶ。
本人は試合への出場機会を全力で狙いながらも、その週のメンバーから外れれば自然体でライザーズを束ねる。「年齢的にも、そんな雰囲気になっていますね」と話す。
経験が生きている。
スティーラーズに所属していた2018-’19シーズンはトップリーグを制し、頂点に立った。
しかし自身は、途中出場や控えに回ることが多かった。
当時のスティーラーズの優勝を安井は、「(SOダン・カーターなどもいて)戦力も整っていましたが、チーム内の競争、メンバー外の選手の献身、ハングリーさが大きかった」と感じていた。
試合に出ていない選手たちのチームへのコミットが素晴らしかった。
ピッチに立っている15人の力の総量がチーム力ではない。
試合メンバーに対し、他の選手たちが練習でどれだけプレッシャーをかけられるか。
メンバー外にくさっている者や、出場選手を応援できない者がいるような状況では、いくらいいメンバーがいても勝てない。
いくつものシーズンを送って、そう感じた。
過去には、現状を受け入れられぬ仲間を見たこともある。
その人自身にとってもチームにとっても、何もいいことはない。
自分は絶対にそうならないようにしたいと胸に誓った。
頂点に立ったシーズン、メンバー外のチームで仲間を鼓舞していたのはアンドリュー・エリス(SH/ニュージーランド代表キャップ28)だった。
外国人枠もあり、常時出場といかなかった男は、チームマンであり続けた。
ワールドカップ(2011年大会)で世界一に立った男は日本で控え組に回っても、全力で毎日を過ごし、仲間の心に火を点けた。
その姿を安井は覚えている。
だからいま、自分もライザーズで当たり前のように全力を尽くす。
ただ、そのように振る舞っているのは、いまのチームでは自分だけではない。
「だから、イーグルスはチームとして毎年力を伸ばしているのだと思います。常にトップ4にいるチームは、全員で戦うことが当たり前になっています。そこに近づけている気がしています」と話す。
安井自身、環境を変え、出場機会を増やすために移籍した。
その点では思うようにはいっていない。
「力が足りていないのだから、もっと頑張るだけ」と覚悟を決める。
「ただ、人間としていい経験をさせてもらっています。ずっとトップで試合に出続けている人間には、味わえないことを知ることができている。ラグビーにとどまらず、長い目で見た時に、人生のプラスになるだろうな、と思っています」
ジャージーの色、国に関係なく、光の当たらぬところに、強さを支えるものがある。
そこにある土台が揺るぎないものになっているチームが結果を残す。
【筆者プロフィール】
田村一博(たむら・かずひろ)
1964年10月21日生まれ。1989年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務=4年、週刊ベースボール編集部勤務=4年を経て、1997年からラグビーマガジン編集長。