国内 2023.02.16

レッドカード発生後に粘った。ウォーターガッシュが目指す「かっこいい」姿。

[ 向 風見也 ]
レッドカード発生後に粘った。ウォーターガッシュが目指す「かっこいい」姿。
キューデンヴォルテクスを相手に奮闘したウォーターガッシュの石井洋介(撮影:松本かおり)


 小田急線の本厚木駅より山沿いへ走る。緑と住宅街に囲まれた、荻野運動公園に向かう。

 2月12日、敷地内の陸上競技場でラグビーの試合があった。

 ファンの移動にシャトルバスを用意したのは、ゲームに挑むクリタウォーターガッシュ昭島だ。

 加盟先のジャパンラグビーリーグワンでは、ホストを任された側が集客と運営を担う。今度の第7節では、ウォーターガッシュがホストチームだった。現地には、同部のウェアを着たスタッフが並ぶ。受付の女性は連呼する。

「ランナー、通ります!」

 陸上競技場の目の前にあるランニングコースを市民が使っているため、ラグビーの観客がその道を遮らないよう注意していたのだ。

 リーグワンは3層からなる。最下部のディビジョン3にいるウォーターガッシュは、配置された5チームのうち、前身のトップリーグに参入したことがない3つのうちのひとつだ。長らく地域リーグ、下部リーグで活動していた。

 ディビジョン1、2の各部でプロ選手の数が増えたり、社員選手の業務時間が考慮されたりするなか、ウォーターガッシュはユニークな存在と捉えられつつある。

 クラブの大半を占める社員選手は、フルタイムで働く。「9時5時」の仕事を終え、19時までに昭島市内のグラウンドへ集まる。照明をつける。

 一日のスケジュール全てが終わるのは、夜が更けてからだ。

「(社業と競技生活を)両立していることにプライドを持ってできています。これで昼に練習しているチームに勝ったら、俺ら、かっこいいよねというマインドです」

 朗らかに語るのは石井洋介。身長183センチ、体重100キロの25歳で、主将2季目を迎えた。

 明大では3年時に史上13度目の大学日本一に輝き、最終学年時はFWリーダーとして大学選手権で準優勝している。ディビジョン1で戦う同級生も少なくない。

 学生時代に全国上位のクラブでしのぎを削った選手は、他にもいる。

 この日、石井と一緒にFLで出た川瀬大輝は東海大出身だ。身長180センチ、体重95キロの28歳である。

 今年度まで関東大学リーグ戦1部5連覇という東海大で、川瀬はけがに泣いた。選手としての「就活」を左右する3年目が不完全燃焼に終わったため、他の同期より1年、長く在籍した。栗田工業への入社、ラグビー部入部を決めるまで、回り道してきた。

 いまは昼間に内勤で浄水器の生産、販売に携わりながら、チーム練習の前に心を整える。

 前身のリーグよりレベルの上がったリーグワンへ挑むようになってから、より「メンタル、身体のコントロール」が重要になってきたと思う。

「練習も、試合も、『今日は絶対、××(目指すプレー)を遂行する』の意思をもってやります」

 昨季はレギュラーシーズン2勝8敗で、順位決定戦をすべて落とした。6チーム中最下位と、悔しい結果に終わっていた。

 心機一転。元オーストラリア代表NO8でFWコーチだったワイクリフ・パールーが、今季からヘッドコーチとなった。置かれた状況を気持ちひとつで変えようと、再三、強調してきたようだ。

 果たして今季は、第6節までに3勝を挙げた。石井はこうだ。

「去年は相手の流れになったらずるずるやられてしまう場面が多かったですが、今年は自分たちの強みを理解していて、信じている。がまんすれば勝てるとわかっています。また、自分たちがチャレンジャーであるというマインドでできている」

 今回は目下首位、九州電力キューデンヴォルテクスにぶつかった。石井が「覚悟を決めなきゃ」と気を引き締めたのは、前半23分のことだ。

 レフリーにレッドカードを出された。味方のラフプレーが見つかり、当該選手の一発退場を命じられた。

 旧トップリーグに挑んだ経験がある古豪との大一番にあって、ほとんどの時間で数的不利を強いられることになったのだ。

 苦戦は避けられなかった。風下だったとありボール保持を意識も、ハーフタイムまでに14点差をつけられた。風上に立った後半にも、7分までに3本目のトライとコンバージョンを許した。

 ただしウォーターガッシュは、ここから爪痕を残した。石井は折に触れ、味方を励ましていた。

「この状況は変えられない。あとは自分たちのハードワーク次第だ。14人で勝てたら、かっこいいよね」

 0-21とされて迎えた後半8分以降、自軍キックオフ後の攻防でキューデンヴォルテクスの反則を誘った。10分、敵陣ゴール前左へ進んだ。ラインアウトからモールを押し、5-21と迫った。スコアラーは川瀬だった。

 11分には自陣で守勢に回ったが、ここでも川瀬が魅する。接点の球へ絡んでペナルティキックを奪い、ピンチを救った。

 直後の攻撃は未遂に終わるも、自陣で再びターンオーバーを決めた。

 13分、SOのアンドリュー・ディーガンがロングキックを放った。弾道は敵陣22メートル線を越え、右タッチライン際の外へ出た。

 「50:22」ルールに伴い、ウォーターガッシュはその地点で自軍ボールを得た。その3分後、敵陣ゴール前右側でのラインアウトモールから点差を詰めた。12-21。

 終盤もギブアップはしなかった。25、28分と連続で失点も、32、40分の得点機を逃さなかった。キックを重ね、辛抱強く守れば、逆転勝ちのチャンスはあると信じた。最後まで。

 石井、川瀬は終始、接点で身体を張った。特に強烈なタックルを披露した石井は「いや…。まだまだ頑張らなきゃいけないとは思っています」と謙遜も、指揮官のパールーはこうだ。

「レッドカードが出てからは、川瀬と石井の両FLが頑張ってくれました」

 退場者が出たのは最前列の右PRだっただけに、攻防の起点となるスクラムが懸念された。いざふたを開ければ、1人少ない7人で組んでも安定感を保った。

 途中出場した右PRの出渕賢史を、後列の4名が支えた。

 そのひとりの石井は、いわばけがの功名があったと述べる。

「8人いた時は全部を、意地でも押そうという気持ちを皆が持っていて、ひとりひとりが(無理に)前に行こうとして不安定になっていたかなと。7人になってからは『ペナルティはしない』『まずはボールを出す』と話し、まとまって組めました」

 結局は26-33で惜敗も、指揮官は部下を褒めた。

「今季もっともタフな試合。14人でファイトしてくれた選手たちを誇りに思います」
 
 オーロラビジョンのないスタジアムに集まったファンは、公式で「640人」。パールーと石井が会見を済ませた夕方頃には、ほとんどが帰路についていた。昼に賑わっていたジョギングコースには、選手用のバスが発車を待っていた。

 エンジンをかける前の車体の脇で、川瀬は己に言い聞かせるように発した。

「かなり身体はきついですけど、勝つためですから。限られた時間、週に数回しかない練習を、やり切る。勝つために、やっています」

 翌日は月曜。サラリーマンの日常に戻る。自分たちの「かっこいい」姿を希求する。

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