【ラグリパWest】不登校からのラグビー。吉田錦太朗 [福岡県立浮羽究真館高校/プロップ]
錦太朗(きんたろう)という名は父の武司がつけた。鹿児島の錦江湾(きんこうわん)からとった。噴煙を上げる活火山の桜島を抱き込む。この海のように大きな人になってほしい、という願いが込められている。
その吉田錦太朗は今、ラグビーに夢中である。動きは少しぎこちない。初心者と思いきや、実は運動経験すらない。この春、高校に入学するまで、7年間、不登校だった。
「ラグビーは楽しいです。仲間と一緒に自分を高められます。ラグビーをするまで、持久力はやばかった。3000メートルなんて走れませんでした。でも今は大丈夫です。ただ、チームでは一番遅いですけど」
関西の子ではないのに話にオチをつける。相手の目を見て、はきはきしゃべる。1年前、学校に行けていなかったとは思えない。
吉田のいる高校は浮羽究真館だ。福岡県立の普通科校。県の南東部、うきは市にある。大分に近いこの地域は紫や緑のぶどう、黄色の梨、オレンジの柿など甘い果物を産する。
ラグビー部は県8強の常連になった。監督は保健・体育教員でもある吉瀬晋太郎。姓は「きちぜ」と読む。37歳。統合前の浮羽のOBであり、京産大ラグビーの出身である。赴任から8年目に吉田が入部してきた。
「ウチの高校はキンタローの前にも不登校の子の入学がありました。そういう子を受け入れる文化がある。つまずいた子を救ってあげたい、という雰囲気が満ちています」
吉瀬自身も小学校時代は不登校だった。
「みんなと同じ制服を着て、教科書を使うことに疑問を持ちました」
登校しなかった期間が1週間だったのか、数か月だったのかは忘れてしまった。ただ、そういう子たちの気持ちはわかる。
「キンタローには、人と違っていいんだぜ、と伝えています」
吉田は自らの意志で入部を決めた。
「入学したら、ラグビー部から勧誘をガンガンうけました。同じ紹介パンフレットを3枚もらった日もあります。それで興味を持ちました。それまでラグビーなんてまったく知りませんでした」
当時は170センチ、82キロだった。上級生たちは吉田の体格を見て誘いをかけた。
「顔はパンパンでした」
吉瀬はそれまでの事情を考慮して、選手ではなく、広報用のSNSなどを担当する部内のプロモーション事業部に配置した。
「でも、ゴールデンウィークに筑紫との試合を見て、先輩たち格好いいなあ、自分も挑戦してみたいなあ、と思うようになりました」
今年5月から選手として活動を続ける。ポジションはプロップになった。
「最初は何日も体が痛かったです。体重も6キロ減りました。でもやめたいとは思いませんでした。自分でも不思議です」
スポーツと人とのつながり。今までなかった2つの渇望が吉田の中にはあったのだろう。
「ラグビーに入っていなければ、朝練習に行くこともなく、また不登校の沼に落ちていたかもしれません」
吉田が小学校を休むようになったのは3年生からである。
「4、5年生はちょっとだけ行きました。6年はほとんど行っていません」
友だちを軸にした人間関係に悩んだ。
「毎日、ゴローっとしていました。みんな、声かけや色々なことしてくれました。でも、当時は自分を閉ざしていました」
中学の入学式には出ようとした。
「ものすごく人が気になりました。目が合ったら、ボロカス言われる、と思い込みました。幻聴も聞こえてくるような感じでした」
心機一転はうまくいかなかった。
中学の時は定期テストだけ受けた。母の祐子は女性の家庭教師をつけてくれる。
「最初はABCや割り算から始めました」
英国数の3教科を見てもらう。理科と社会は自力でやった。このままではいけない、という思いがあった。
中3での家庭教師は週4回。1回4、5時間になることもあった。謝礼のことを考えると心が痛んだ。母は笑って言った。
「私立に通うことを思ったら安いものよ」
親はなによりありがたい。
高校は最初、全日制を考えていなかった。家庭教師は言ってくれた。
「変われないよ」
勇気を呼び覚まされる。自宅から自転車で15分ほどの浮羽究真館に目標を定める。
「みんな、僕のことを知りませんし」
不登校は7年間。新しい気持ちで学校生活を送れる。
そして、ラグビーと吉瀬に出会った。
「先生のことは尊敬しています。部員みんなに目を配るし、親身に話を聞いてくれます。この先生でよかったと本当に思います」
浮羽究真館は年明けの1月8日、県新人戦(九州大会予選)を戦う。初戦の相手は香椎工と福岡の勝者。2つ勝てば、決勝で絶対王者の東福岡と対戦する公算が高い。
「僕個人の目標は同じ左プロップが3人いるのでレギュラーを獲りたいです。チーム目標はより結束力を高め、強くなることです」
その上に将来の夢がある。
「大学に行って、英語を勉強したいです。昔は苦手だったけど、やらされているうちに一番の得意科目になりました」
細い目はさらに細くなる。
大学を出た後、進む道も決めている。
「家庭教師になりたいです。僕みたいな子の力になってあげたいです」
恩返しの思いは満ちる。そのためにも、ラグビーを軸にした高校生活をさらに充実させてゆきたい。仲間とともに…。