「常に仲間がいる」。躍進する東洋大ラグビー部・田中翔は、アメフト出身のバイリンガル。
真っすぐな眉に甘い二重まぶた。半透明の瞳を細めながら、口角を上げて白い歯を見せる。フォトジェニックな田中翔は、今季の大学ラグビー界を沸かせる東洋大の一員だ。
関東大学リーグ戦で29季ぶりに1部へ上がり、第7週を前に3勝2敗で8校中3位タイ。4年生の田中は、はつらつとした口ぶりでクラブの進化を語った。
「人間性が全然、違う。自主練の意識も高くて。結構、先輩も後輩に話しかけて。人として、いい人になっている感じです」
今季のスローガンは「Paradise」。多国籍の部員が手を取り合うこの集団にあって、田中は首脳陣がミーティングで話した日本語を留学生選手へ翻訳する。
勤勉な組織防御、寮での整理整頓と、グラウンド内外を問わず規律を重んじる方針のもと、重責を楽しむ。「困るんですよね」の口調もどこか軽やかだ。
「監督が話すなか、自分が英語で話してリサイクルしていく感じです。最初は大変だったんですけど、慣れてきました。たまに、日本語ではある言葉が、英語ではない(訳しづらい)という時もあります。ここで結構、使うのは『凡事徹底』。これが出た時は、結構、困るんですよね!」
通訳を担うのは、試合後の記者会見も然り。英語圏の仲間に同行する。
9月11日、東京・秩父宮ラグビー場。開幕戦で5連覇を狙う東海大を27-24で破った。希少な番狂わせとして話題を集めた一戦ののち、南アフリカ人で身長211センチのルーキー、ジュアン・ウーストハイゼンの声を国内メディアに伝えた。
『今日は、タフな試合だったんですけど、選手の全員がパッションを見せ、戦えて、最後に勝てたと思うんですけど、このまま継続して、他のチームにも勝てるように頑張りたいと思います』
その日は、田中自身もオープンサイドFLとして奮闘していた。身長185センチ、体重100キロの25歳。2戦目以降も渋く光った。
関東学院大を38-31と僅差で制した9月25日には、26-20とわずか6点リードで迎えた後半5分頃に自陣ゴール前でジャッカル。向こうの反則を誘った。
2勝1敗で迎えた10月16日の第4週は、関東学院大戦と同じ埼玉・セナリオハウスフィールド三郷で実施。日大にラストワンプレーで33-32と逆転勝ちするまでの間、渋い守りを披露した。
14-16と2点差を追う前半36分頃には接点上でのカウンターラックを、26-21とリードしていた後半11分には対するWTBのナサニエル・トゥポウへのタックルをそれぞれ繰り出す。いずれも攻撃権の獲得につなげた。
続く25分頃にも、26-24と迫られながら相手SOの饒平名悠斗へ刺さった。パスミスを誘った。
防御で献身する。背景はこうだ。
「アメフトをやっている時も、ディフェンスがメインだったので…」
アメリカンフットボールを愛する。アメリカ軍に所属する父の影響で小学5年からプレーし始め、中学2年で転居した沖縄でもヘルメットと防具をつけた。ちなみに高校生になってからは「学研」へ通い、近所の子どもたちに混ざって漢字を習ったものだ。
米軍基地内のクバサキ高を経て、最初に入学したアメリカのコロラド大学でもアメリカンフットボールを続けるつもりだった。
転向を決めたのは、現地の事情を受けてのことだ。
「アメリカの大学のアメフトはレベルが相当、高い。スカウトをされないとチームには入れないんです。自分はスカウトされなかったから、大学のアメフトのヘッドコーチにメッセージはEメールを送ったけど、トライアウトもできずに…。何か他のスポーツを続けたいと思って、小さいクラブラグビーチームに入りました」
新しい競技には「はまった」。夏休みに沖縄へ帰ってもラグビーができるよう、米軍基地内のプレー先も見つけた。そのチームの指揮官が東洋大の福永昇三監督と知り合いだったことで、いまの道へ舵を切った。
コロラド大は3年限りで休学した。埼玉県川越市にあるキャンパスでの新生活には、当初こそ「寮はアメリカに比べて小さく、2人部屋。プライバシーがあまりない感じがしました」。カルチャーショックを受けた。
もっとも時間を重ねれば、「常に仲間がずっといる感じ。楽しくなりました」。出される食事も口に合う。
「好きなのは台湾風まぜそば。手羽先も結構、おいしいです。アメリカにいる時は自分で食事を作っていたので、それがなくなったのは大きいです」
異色のキャリア、際立つ守備力、置かれた環境を前向きに捉える人間性は、国内リーグワンの関係者にも注目されてきた。
しかし、田中がラグビーをするのは今季限りだ。大学選手権の決勝まで進んだとしても来年の1月を最後に、新たなステージへ旅立つ。
一般企業へ入社し、語学力を活かせる海外勤務を希望する。同社のアメリカンフットボール部へも入り、社会人Xリーグへ挑む。
「ラグビー、めっちゃ好きです。でも、アメリカ人なのでアメフトも大好きです。Xリーグのウェブサイトから全部のチームにEメールを送りました。(入社予定の企業は)会社として自分に合っていて、『ここでアメフトをしながら仕事ができたら最高だな』って」
未来の自分に期待しながら、残りわずかとなったラグビーマン人生へも「こっち(東洋大)ですべてを出し切る。仲間といい時間を過ごしたい」。自分でも不思議なくらいに、個人練習に熱を込めている。