コラム 2022.11.10

【コラム】ワールドカップから始まった。

[ 田村一博 ]
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【コラム】ワールドカップから始まった。
泥臭く、激しく。何度でも。日体大戦で今季初出場を果たした。2年生だった昨季は対抗戦6戦に出場した。(撮影/松本かおり)
「(固まる前は)痛くて、泣きながら練習しました」



 濃紺の背番号5のジャージーは、たくさんの芝にまみれていた。
 立教大学のロック、手塚一乃進(かずのしん)は何度もモールに頭を突っ込み、タックルに体を張った。ボールキャリーも激しかった。
 11月5日、日本体育大学に63-10と快勝した試合でよく働いた。

 以前から気になっていた。
 大学でラグビーを始めた選手だ。
 私自身、高校時代は野球部。一緒に通学していたラグビー部の脇元由久に「お前はラグビーに向いている」と言われ、大学でクラブチームに入った。
 10代終盤にラグビーと出会い、その魅力に取り憑かれた若者たちに親近感がある。

 試合を終えた手塚は、やり切った表情をしていた。80分プレーすると、3キロほど体重が落ちるという。
 関東大学対抗戦への今季初出場だった(10月23日の早大戦は23人のメンバー入りも出場機会なし)。昨季終了後に左肩を手術し、復帰後に肉離れ。3年生のシーズンは出遅れたが、調子が上がってきた。

 筋肉質の体は103キロ。187センチと上背もある。
 高校時代はバスケットボール部に所属していたから、ラインアウトなど空中でのプレーには長けている。

 キックオフ前、緊張した。
 しかし、「始まったらやってやろうと切り替え、強気にプレーできました」。
「大学で始めたのでうまいプレーはできません。泥臭いプレー。それが、自分の仕事で、強みと思っています。試合に出るためにも、それを徹底しています」

 右耳が見事につぶれている。
「はい。中も外もわいてしまいました。最初はプクッとなって、その後、破裂するんじゃないかと思うくらいパンパンに腫れ上がった。これがラグビーか、と思いました」

 血を抜き、練習し、また腫れて、抜いて、練習…を繰り返して固まり、ギョーザのような、彫刻のような現在の形になった。
「最初のうちは痛くて、痛くて、泣きながら練習をしていました。昔の友だちからは、『会うたびに(耳が)不細工になっていくな』と言われました」と笑う。

 浪人時代の2019年、ワールドカップを見て心を動かされ、「大学ではラグビーをやる」と決心した。
「人と人が躊躇なくぶつかり合う。衝撃を受けました。しんどいですよね。それでも、立ち上がって戦う。その姿に惚れました。自分もこうなりたい、強くなりたいと思った。フォワード、泥臭くていいな、と」

 もともとアメリカンフットボールに興味があった。
 足立学園高校にもアメフト部がある。しかし、都の育成選手だったバスケの実力を買われての進学だったから、その思いは叶わなかった。
「なので、大学に進んだらアメフトをやろうと思っていたのですが」、ワールドカップでラグビーと出会って方向転換。受験勉強を重ねて立教に進学した。

 体をぶつけ合うことに、最初から怖さは感じなかった。「足立区の出身なので、根性でなんとかなる。そんな感じです」と笑う。
 ラグビーに向いていたんだね。

 ただ、ラグビーは奥が深い。競技の構造を理解するのは難しかった。
 周囲には強豪校出身者がたくさんいる。専門用語も含め、ちんぷんかんぷんだった。

「全員(ラグビーの)先輩。自分が一番下、と思ってやりました」
 当時をそう思い出す。
「毎日がしんどかった。やめたい、と思ったことも何度もあります。でも、仲間がいました。練習後、みんなにあれはどういうことなの、と教えてもらい、吸収できることはすべて吸収しました」

 いま、1年生に大学からラグビーを始めた渡辺大斗がいる。
 2年前の自分と同じその後輩とは仲がいい。

 知識も経験も増え、いま、ラグビーが本当におもしろい。
 やれることが増え、「自分の成長を実感できている」から、試合後は、ああしとけばよかった、次はこうしようと、次々にイメージがわく。
 練習でやってみる。YouTubeで研究する。
 探究心は尽きない。

「特定の人でなく、プレーに憧れるタイプです。海外のNO8の選手はダイナミックに動き、なんでもできる選手たちが多いのですが、自分は仕事量が多く、ハードワークを続けるロックやフランカーに惹かれます。それなら自分もできる。見習おうと、映像を見ることも多いです」

 日体大戦は手応えがあった。モールに一体感があり、前に出た。
「押す方向も全員で統一できていたし、ユニットとしての強さが出てきました」
 個人的には、走り込んで力強くボールをもらうプレーを追求中。接点で相手を前に出さないタックルを、もっと確実にしたい。

 ラグビーと出会ってよかった。飛び込んで正解だった。
「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい。思い立ったら始める。やって後悔することなんて、ほとんどないとも思いますし」
 人生が充実している。

 2023年、ふたたびワールドカップがおこなわれる。心を動かされる人が多く生まれる。
 手塚にとっては、大学4年生として過ごす大学生活最後のシーズン。その泥臭いプレーに心動かされる人も、きっといる。


【筆者プロフィール】
田村一博(たむら・かずひろ)
1964年10月21日生まれ。1989年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務=4年、週刊ベースボール編集部勤務=4年を経て、1997年からラグビーマガジン編集長。



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