2022年度のウィル・ゲニア、花園近鉄ライナーズを「私のやり方」で引っ張る。
看板に偽りなしだった。
オーストラリア代表として110試合ものテストマッチ(代表戦)へ出場してきたウィル・ゲニアは、10月15日、所属する花園近鉄ライナーズの先発SHとしてホームの東大阪市花園ラグビー場に登場する。
チームの提携先である母国のレベルズと初の定期戦をおこない、随所に圧巻のプレーを繰り出した。
「相手にはプレッシャーをかける。それが私のやり方です」
レベルズでのプレー経験もある34歳がこう振り返るのは、球際での防御である。特にレベルズ側のスクラムの際は、よく球の出どころに足を伸ばした。相手SHのパスを乱そうとする。
木村朋也。この日は前半27分にトライを決めたライナーズのWTBは、ゲニアの「足」を出す動きについて証言する。
「それ、チームメイトにも教えていました。で、それを練習で相手にやられたら、めっちゃ怒ってましたね!」
負けん気の鬼は、球さばきでも魅する。
この日は体格差で上回るレベルズに、接点で圧をかけられた。球出しが鈍らされる分、攻めのテンポは乱れがちになる。それでもこの日のライナーズは、なんとかリズムを保った。
ゲニアがいたからだ。ゆったりした動作で鋭い弾道のパスを放ち、防御の虚を突き味方を走らせた。
5-12と7点差を追う後半5分頃も、この流れでトライに迫った。結局はミスでスコアを獲りきれずに「敵陣で何フェーズ重ねてもゲインライン(攻防の境界線)を越えられなかった。今後はそこにフォーカスすべきだと思います」と反省も、周りの感触は違った。
「きょうはブレイクダウン(接点)でやられていたのに、(ゲニアは)チームのテーマであるテンポを率先してやっていた。すごいと思いながら見ていました」
こう語る木村は試合後、同じ24歳のチームメイトである人羅奎太郎とシャワー室で一緒になった。人羅は後半16分、ゲニアに代わってSHに入っていた。木村の述懐。
「(ゲニアと人羅では)何が違うのか。余裕(を持っているかどうか)なのかな、という話になりました。(余裕は)経験がもたらすもの。(人羅はゲニアから)練習で盗めるものを盗んでいかなあかん、と話し合っていました」
ライナーズが17-50で敗れるまでの間、ゲニアは突破を決めた味方へのサポート、カバー防御、ロングキックでも気を吐いた。若手の多いグループを、多彩な働きで引っ張る。
ゲニアが加わった2019年、チームは下部リーグに甘んじていた。2022年発足のリーグワンでも、初年度の昨季に2部を制して1部に上がったばかりだ。
海外のスーパーラグビーに加盟するレベルズとの一戦は、タフなチャレンジではあった。
それでも名手は、堂々としていた。
「勝つべき試合を、勝ちたい。相手をリスペクトしすぎないこと。勝つためにハードにやる」
ライナーズには、2人の世界的名手がいる。ひとりはゲニアで、もうひとりはSOのクウェイド・クーパー。いずれも2019年に加わった。
ともにオーストラリア代表でのキャリアが豊富。周りの日本人選手いわく、特にゲニアは「プレイングコーチみたいなイメージ。リーダーを超えている存在です」。ちなみにクーパーは「ポジショニングひとつをとっても、細かく理解をしていない人がいたら怒る」と完璧主義者のようだ。主力に絡む木村はこう補足する。
「それ(ゲニアやクーパーの厳しい要求)に応えるのが試合に出るメンバー。応えられんかったら怒られるのは当たり前だよね、みたいになってきています」
いわばゲニアは、クラブのスタンダードを上げるひとりなのだ。今季新加入で前・日野レッドドルフィンズのLO兼FL、村田毅は、自身より1歳上のゲニアを「一流」と言い切る。
村田は日本代表への選出歴を持ち、約3年前にはニュージーランドのカンタベリーへ留学。世界を肌で知る。
特にゲニアには、留学で出会ったニュージーランド代表108キャップ(代表戦出場数)のオーウェン・フランクスと共通点があるという。
「大半の若い選手が与えられたメニューを与えられた時間にやるなか、彼(ゲニア)は黙々と自分のタイミングで自分の必要なトレーニングをやり始める。そして、着替えて、ミーティングが終われば誰よりも早くグラウンドに出て、スプリント、パス、と、いつものウォーミングアップを。自分を持っている。オーウェン・フランクスと一緒になった時も、どんな人間なのかなとずっと見ていたら同じことを同じように淡々とやっているんです。だから、チームのいろんなことに左右されない強いメンタルを持てているんだろうなと感じます。ポジションは違っても、一流としての取り組む姿勢を吸収したいですね」
2019年のワールドカップ日本大会限りで代表引退のゲニアは、「いまは近鉄でのプレーを楽しむ。あと2年ぐらいはできたらいいな」。東大阪のクラブのよさを聞かれれば、「文化がいい。何より、素晴らしい人間の集まりです」と即答する。
「若手がハードワークすることにインスピレーションを得ています。目標は、一貫性を保つことです。強いチームとの難しい試合が続くなか、達成不可能な目標を掲げても仕方ない。ですので、自分自身に矢印を向け、一貫性のあるパフォーマンスを出せるようにするのを目指す」
異国の仲間を自分らしく引っ張る。