サクラフィフティーン・鈴木実沙紀、秘伝ジャッカルを後輩に教える心境。
結婚式や各種イベントが開かれる都内のスペースで、スポンサーボードを背に座る。両手を足の前で揃え、テレビカメラの周囲に立つ報道陣に声明を述べる。
鈴木実沙紀。女子15人制ラグビー日本代表の30歳だ。
積み上げたキャップ(代表戦出場数)は30と、いまのラインアップにおいては齊藤聖奈に次いで2番目に多い。若手の多いグループにあって大勝負に挑む心境を、張りのある声で説く。
「私自身、どういう立場になったとしてもこのチームへの貢献の仕方があると思っています。フィールドに立とうが、立てまいが、チームに何ができるかについて、(2017年のワールドカップ・アイルランド大会後の)この5年間で感じてきています。チームの、大きな波の一部になりたいと考えています」
8月29日。今秋のワールドカップ・ニュージーランド大会に向けた壮行会へ出た。国内テストマッチシリーズ計4戦を2勝2敗で終え、最終選考合宿を間近に控えたタイミングだった。上位国に勝つことも増えたいま、進化の背景を語る。
「合宿のなかでのひとりひとりのタスクが明確にされますし、チームとしての取り組みにも毎回テーマがあります。合宿ひとつひとつの密度が上がりました。自主的に練習の映像を見て、皆で話し合うという時間が増えました。アナリストの方からも、観方のアドバイスを定期的に受けています。フィールド外でもラグビーに向き合う方法を学び、皆のスタンダードが上がった。それでテストマッチ(代表戦)で結果が出たり、そうでなかった場合にはいい反省が生まれたりしています」
働き場はふたつ。スクラム最前列のHO、かねての本職で身体をぶつけ合うFLである。得意技から、ついたニックネームは「ジャッカルクイーン」。接点で相手の持つボールへ絡み、奪い取る技術に長ける。
サクラフィフティーンこと現代表には、そのジャッカルで魅する選手が複数いる。興味深いのが、皆、口をそろえて「実沙紀さんにアドバイスをもらった」という。
実際のところはどうか。
件の壮行会で問われた本人は、「本当は、教えたくないんですよ。私の強みでもありますし」。表情を崩して続けた。
「でも、私がいつも(ボールを奪えそうな)シチュエーションにいるとも限りませんし、皆で勝ちたい思いもあるので。いろいろと聞いてきてくれる子に対して、出し惜しみするのは違うとも感じました。教えると言っても、練習中に『ああじゃない? こうじゃない?』と話す程度なのですが、皆で成長したいと思っています」
本来であれば伝授するのがはばかられる秘儀を、国内でしのぎを削る後輩たちに共有しているわけだ。いったい、技術のシェアに踏み切る理由は何なのだろうか。答えは簡潔だった。
「このチームが、そう、思わせてくれる」
チームを率いるレスリー・マッケンジー ヘッドコーチは、選手へ厳しい基準を課すかたわら対話を重視。スピード感あるプレースタイルが定着したのと相まって、風通しのよさを醸す。その一員であるのを誇りに思う現役のレジェンドは、持てる技能をチームの共有財産にする。
「ひとりひとり、軸が強く、思いやりがあります。自然と、結束されてきました」
女子ラグビーが日本ラグビーフットボール協会に正式に加盟したのは2002年。代表チームが男子と同じ赤白のジャージィを着るのは、その2年後からだ。先人の蓄積の末に、いまのチームがある。
「私が代表に入った頃には、すでに先輩たちが積み上げてきた形はありました。(当時は)やってきたことをお見せする場がなかなかありませんでしたが、皆さんのサポートでだんだんと試合が増えて、ありがたく思っています」
2大会連続5度目の出場となる今度の第9回大会では、初の世界8強入りを目指す。