国内 2022.07.25

主体性発揮でベスト8の先へ。日大「ヘラクレス軍団」の菊谷崇HC、就任1年目の春は

[ 多羅正崇 ]
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主体性発揮でベスト8の先へ。日大「ヘラクレス軍団」の菊谷崇HC、就任1年目の春は
フランス代表の練習サポート役も務めた日大ラグビー部。中央が菊谷崇ヘッドコーチ。(撮影/松本かおり)



 大学選手権で3年連続ベスト8の日本大学。

 さらなる飛躍にはチームの主体性が必要として、2022年シーズンより改革の旗手を託されたのが、元日本代表主将で、代表68キャップの菊谷崇ヘッドコーチ(以下、HC)だ。

 主体性重視のラグビーアカデミー等を運営する「ブリングアップ・アスレチックソサエティー(BU)」の代表取締役であり、「ヘラクレス軍団」日大の強化は、スポーツの専門家集団であるBUとして請け負っている。

「私がBUから派遣される形です。この7月からは、元陸上選手でBUの古川佑生コーチ(現・日本体育大学陸上競技部跳躍コーチ)にスピード強化を担当してもらっています。企業との業務提携で大学スポーツを強化する流れが今後広まれば」(菊谷HC)

 現在ジュニアアカデミー事業を軸とするBUは、箕内拓郎氏(元日本代表主将)、小野澤宏時氏(日本代表キャップ数歴代2位)、鈴木貴人氏(東洋大学アイスホッケー部監督)を中心として2018年に設立された。

 ボールゲーム中心の「人を育てる」プログラムが好評で、横浜キヤノンイーグルスのジュニア強化も担っている。

 そんなBUでの指導と同様、日大においても、主体的な人間を育てるためのポジティブな環境をデザインすることが基本だ。

 御所工業(現・御所実)−大阪体育大学−トヨタ自動車−サラセンズ(英)−キヤノン。豊富な選手経験に、年代別代表などでコーチを経験。日体大大学院ではアスリートセンタード(選手中心)コーチングを学び、指導方法を確立した。

「これまでブリングアップ(BU)でやってきた『人を育てる』アプローチ、環境設定を、年齢と環境が違う日本大学でも実現する、というところです。中野監督(克己/日大監督)も次のステップとして、主体的であることが重要と考えてくれています」

 では主体性のあるチームを作るため、菊谷HCは就任1年目の春にどんな環境設定をしたのか。

 今季の日大は「結果目標」と「意義目標」を設定した。その内容は「目標は私が掲げるものではないと思うので、4年生に『作ってほしい』と伝えました」。

 そこで4年生がみずから掲げた結果目標は『大学日本一』。意義目標は『歴史を変える』になった。『歴史を変える』の中身は、卒業したことに誇りを持てるようになること等だ。

 また練習は最大2時間に圧縮した。練習形式は全プレイヤーを「Aグレード」「Bグレード」の2組に分けて、入れ替わりで練習する交替制に変えた。

 時短によって生まれた余裕の使い方は指示しない。「『自分たちで考えて行動してください』と伝えています」。選手たちは余裕をもって、みずから必要と考えたメニューを時間外に取り組んでいる。

 アタックの戦術も主体性重視。「菊谷さんから枠組みだけを渡されて、中身は試合中に自分たちで決めていく」(SH前川李蘭)という方向性だ。指揮官の命令を忠実に実行するのではなく、連携しながら臨機応変に攻撃していくという。

 指導者の高圧的な態度は、主体性の阻害要因になりがちだが、菊谷HCは心理的安全性にも配慮する。選手やスタッフとフレンドリーに接し、練習では「怒ることはありません」という。

「練習で選手がミスをしても、サボっていたとしても、その責任は、その練習環境を設定した私にあります。声のトーンが変わるくらいのことはありますが、練習の中で怒ることはありません」

 主体性を発揮してほしい相手は、プレーヤーだけではない。分析やレフリー、トレーナーなどの学生スタッフに対する環境も整えていく。

「学生スタッフの中には、志半ばでプレーヤーを諦めた子もいます。単なるサポートではなく、彼らがもっと大学ラグビーを通して活躍する環境を作りたいと思っていました」

 この春には分析スタッフが横浜キヤノンイーグルスを訪問。プロの分析スタッフによる技術指導を受けると、その後分析スタッフは試合の詳細な分析シートを自主的に作った。

 また、学生スタッフの活動場所として、大学敷地内の小部屋をスタッフルームに改造。みずからもそこで作業し、日々コミュニケーションを取る。今では、日々成長する学生スタッフを「有り難くて頼もしい存在」と信頼している。

 ラグビーの戦い方においては、まずディフェンス面で新機軸を打ち出した。

 激しく前に出続けるディフェンスだ。

 春シーズンの関東大学春季大会はAグループに所属して5敗(不戦敗1)。「もちろん全部勝ちたかった」が、全ては秋への準備として、まず前に出るディフェンスの姿勢を求め続けた。

「ディフェンスでプレッシャーを与え続けて、ゲインラインを奪っていく。流すディフェンスはいつでも出来るので、まず春は『ラインを上げる難しさを感じてほしい』と伝えてあります。入れ違いでたくさんトライを獲られましたが、そこは仕方ない部分もあります」

 ディフェンスの意識を根付かせるため、実は春季大会ではプレーにいくつか制限をかけていた。

 大きな制限のひとつが『モールはしない』だ。

「この春は『去年の武器だったモールをやめよう』と伝えました。主力フォワード8人中7人が卒業したこともあるので、ボールを外に運んでトライを取ろう、ということです。モールの練習はこれからです(取材は7月上旬)」

 昨年は強力FWによるモールが最大の武器。しかし4年生だったNO8シオネ・ハラシリ(横浜キヤノンイーグルス)らが卒業。今年の強みであるBKを活かす方向に転換した。

 春季大会の明治大学戦では43−66で敗戦。66失点を喫した一方で、複数のプレー制限をかけながらも43得点を奪った。

「明治大学戦はアタックもディフェンスも良かったです。春シーズンの総括として、僕が考える『ベストなプレー』と『ワーストのプレー』を比較して選手に見てもらい、その差について考えてもらいました」

 練習時間は最大2時間になったが、菊谷HCらはトップから下部まで「全部見る」という姿勢から、AグレードだけではなくBグレードの指導現場にも立つ。

「どんな立場の選手であっても、目を合わせて指導したいと思っています。それは強化の面からも重要です。『こんな選手が』という発見もあります」

 だから選手にしてみれば驚きの抜擢もある。

「この前、これまで一度もAで先発したことがなかった選手を起用したら『なんで僕がAなんですか?』と聞かれました(笑)。いやいや評価してるからだよ!と(笑)」

 指導の現場が何より楽しいという。「ピュアで真摯」というヘラクレス軍団と過ごす時間は充実している。

「みんなピュアで真摯なので、すごく楽しいですよ。個性的な選手もめちゃくちゃ多い(笑)。資料を作ったり準備をしている時間が長くて、指導できる時間はたったの4時間。でもその4時間が一番楽しいですね」

 日大の拠点、東京・稲城のグラウンドに撒いた主体性の種は、秋にどんな実をつけるのか。

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