コラム 2022.06.29

【ラグリパWest】精神力をつけ、ステップアップ。兵庫県立芦屋高校

[ 鎮 勝也 ]
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【ラグリパWest】精神力をつけ、ステップアップ。兵庫県立芦屋高校
兵庫県立芦屋高校のラグビー部は創部75周年。県内では「けんあし」と呼ばれる。そのチームをけん引する渡邊雅哉監督(左)と溝畑蓮太郎主将。後方右には夏の甲子園大会を控えた野球部が活動する。部は優勝の過去がある



 谷崎潤一郎の傑作に『細雪』(ささめゆき)がある。舞台は阪神間の芦屋。北に六甲山系、南に大阪湾が迫る白砂青松の地を軸に、華やかな4姉妹の生き様を描く。この小説は昭和天皇も愛読されたと言われている。

 その街に芦屋高校はある。この兵庫の県立校の愛称は「ケンアシ」。市立の同名校は廃校になって15年経つが、いまだにそう呼ばれている。ラグビーは今、強豪化の途につく。

 6月の県民大会(春季大会)では4位に入った。優勝する報徳学園に7−77。順位決定戦で神戸科学技術に7−54。最後は連敗も、県大会における4強入りは3年ぶりだった。
「その前はさらに9年をさかのぼります」
 監督は43歳の渡邊雅哉。俳優の真田広之を鋭くしたような顔は焦げ茶色に日焼けする。この歴史とおしゃれが溶け合った街に合う。

 同じ公立校の神戸科学技術に喫した大敗の理由を述べる。
「ウチは勝ち進んだことがありません」
 相手はここまで秋の全国大会予選で6年連続4強入り。県下では報徳学園、関西学院に次ぎ三番手につける。近年の積み上げが違う。

 忘れられない光景がある。就任初年の昨夏、報徳学園に出げいこに3回行った。
「よし行くぞ、とロッカーを出て後ろを振り返ったら、誰もついてきていませんでした。まるで、吉本新喜劇みたいでした」
 同じ高校生なのに、全国大会出場47回のチームに気後れする。

 一番の問題は精神的な部分。今回の大差負けも合わせてそう考えた。
「毎日の積み重ねが大事だと思います。日ごろの練習態度、言動なんかですね」
 練習メニューを示す白いボードには紙が貼られている。
<顔を上げる、移動は全力、反応>

 主将は3年生の溝畑(みぞばた)蓮太郎。184センチ、95キロのナンバーエイトだ。
「精神的に弱い、というのは課題でした。しんどい中で、上げて行こう、と言える選手がいませんでした。でも県民大会で負けてから、やったる、という選手が出てきました。キャプテンとしてうれしいです」

 溝畑は日本ラグビー協会が人材発掘や競技力向上のために実施する「Bigman & Fastman Camp」に参加した。191センチのロック、藤原幹太も同様だ。速い選手として選出されたのは新居渉乃進(あらい・しょうのしん)と高瀬尚大(しょうた)。人材はいる。

 溝畑は中学時代、野球部だった。
「キャッチャーでしたが、上手ではなかったです。ラグビーは体全体が使え、楽しいです」
 主将は全部員の投票のみで選ばれた。101回目の全国大会予選で8強敗退のあと。スコアは神戸科学技術に7−38だった。

 渡邊は溝畑を評する。
「言葉とプレーの両方で引っ張れます」
 ラグビー指導は県立伊丹、母校の星陵に次ぎ3校目になる。競技は高校からを始めた。大学は鹿屋体育に学ぶ。現役時代はウイング。そのベテランが主将に寄せる信頼は大きい。

 楕円球はこの学校で割と人気がある。新入生は16人を集めた。経験者は3人いる。
「ケンアシでは新しいことをするのならラグビー、という感じになっているようです」
 榎本誉展(やすひろ)は説明する。県高体連のラグビー専門部の部長はまた、御影(みかげ)の監督でもある。

 その創部年は1948年(昭和23)。学制改革で旧制中学から新制高校になった年に定めている。今年75周年。全国大会出場はないが、決勝進出は7回ある。直近は81回大会(2001年度)で報徳学園に0−65で敗れた。

 当時、監督だった高木應光(まさみつ)は定年後の今も在校する。この地域の歴史を伝える「芦屋モダニズム」の授業を持ち、ラグビー部にも帯同する。
「礼儀作法やOBの対応なんかも含めて、助かっています」
 渡邊には感謝がある。

 主なOBは曽我部匡史(まさふみ)や山本翼。曽我部は立命館からトヨタ自動車(現トヨタ)に進む。快速フルバックとして、チームの90年代を支えた。山本は同志社から神戸製鋼(現・神戸)入り。プロップとして2000年代後半、深紅のジャージーをまとった。

 学校創立は1940年。太平洋戦争の始まる1年前だ。現在は共学の全日制普通科。1学年は300人弱で、関関同立や産近甲龍を進路に据える生徒が多い。最寄り駅は芦屋。阪神とJRはそれぞれ特急と新快速を停車させる。両駅から徒歩で10分ほど。交通至便だ。

 野球部は春夏通算12回の甲子園出場がある。1952年夏の34回選手権では全国制覇をした。ラグビーはその野球、そしてサッカーと縦は90、横は70メートル以上ある土のグラウンドを分け合っている。ポールは立てられるため、若干短いながらも試合は可能だ。

 新チームで臨んだ2ブロック制の近畿大会予選(新人戦)は決勝進出するも、コロナで試合は不成立。対戦予定の関西学院と報徳学園が力を考慮され、本大会に進んだ。

 着実に力をつける裏側には臨時コーチの冨岡鉄平の存在もある。渡邊の2学年上だ。
「教え方はさすが。高度なプレーを高校生にわかるようにかみ砕いてくれます」
 鹿屋体育の渡邊と福岡工業の冨岡は大学のリーグ戦で戦った。冨岡はセンターとして日本代表キャップ2を持ち、現役引退後は出身の東芝(現・東京BL)などで監督を経験。現在は東芝で社業に専念しているが、この2年で4回、東京から来校してくれている。

 渡邊は今年のチーム目標を立てる。
「県3位。公立校で1位ですね」
 45人の選手はその高みに向かって日々鍛錬を続ける。公式戦のジャージーは濃緑で胸に白2本線。細雪や高級住宅地という以外に、ラグビーでも名を成してゆきたい。

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