まるで人気講師。ブレイブルーパス躍進の裏にジョー・マドックの仕事。
職人がいた。空間を支配するための哲学を、多角度的なパスの技術を、丹念に落とし込んでいた。
「コーチが新しいチームに入って新しいラグビーを導入する際は、そのコーチ自身がいままで学んだラグビーを導入する例が多い。私もカンタベリーのラグビーを落とし込もうとしました。同時に、日本が速いラグビーをするのもわかっていたので、それを踏まえつつ…という形です」
ジョー・マドック。人を吸い込むような黒目の輝き、穏やかに揺れる口髭と顎髭が特徴的だ。おもに母国ニュージーランドはカンタベリー地区で、ラグビーの選手、コーチとしてキャリアを積み、2019年、現・東芝ブレイブルーパス東京のアシスタントコーチとなった。
元ニュージーランド代表主将のトッド・ブラックアダー ヘッドコーチとの二人三脚で、2010年度以降は国内タイトルと無縁な名門の再建に挑む。
担当領域はアタックだ。複層的な攻撃ラインに入った面子がその時々でおとり役、火付け役となる。接点の真横に2人の選手が駆け込み、実際にはその後ろの選手がボールを得ることもある。
パスは時計の針の向きや角度になぞらえながら、適宜、放たれる。「5時」「6時」「90度」「45度」。ここにマドックいわく「前に出て、キープし、スパークし、また前に出続けるのがラグビーだと思っている」と、キックパスもまざる。
かくしてブレイブルーパスは、相手の防御網をかき乱したり、もともと生じていたスペースを首尾よく攻略したりする。
システムの構造ゆえか。ブレイブルーパスでは爆発的なスピードを誇るWTBのジョネ・ナイカブラ、アウトサイドCTBのセタ・タマニバル、推進力を誇るリーチ マイケル、マット・トッドの両FLがタッチライン際に立つ。駆け抜ける。
その背景で、マドックは楽譜をしたためる。
今季、発足したリーグワンで国内4強入りを果たした。自らの概念と、それを具現化するスキルの両方を浸透させた結果、準優勝した2015年度のトップリーグ以来の好成績を残したのだ。
「速いペースで展開しつつ、その間いいディシジョンメイキング(状況判断)ができるようにしていこうと考えていました。スモールスキルを成長させるには、繰り返し、何度も、何度もおこなうのが大事。そのなかでは、コーチたちが使っている言葉を選手たちに使わせ、コミュニケーションを取らせもします」
繊細な思想が組織へ根付く様子を、この春入部6年目となった中尾隼太は「プレッシャー下で、有効的なオプションを自分たちで実行できる力がついてきた」と説く。
ゲームを動かすSO、インサイドCTBとして先発し続け、5月には日本代表候補入りも果たした27歳。今季の中盤戦以降は、チームが目指すプレーを表現しやすくなってきたと感じる。
「プレシーズンの頃からオプション(攻めの選択肢)はたくさん用意していて、使うものはその週末の相手によって組み替えているんです。いままではそれをやろうとしていながら、パスやキックの精度、状況判断のレベルが追い付いていない部分があって、いいオプションがあるのにそれを出せなかった試合もありました。ただ今季は、そのレベル(遂行力)が高まった」
バイリンガルでもある中尾は、マドックのプランをチームへ説く仕事もしてきた。プレイングコーチの風情が漂うCTBのティム・ベイトマンと、毎週末の試合での基本方針や使うオプションを確認する。
「チームに日本人、外国人がいるので、アタックに関する週初めのプレゼンを僕が日本語、ティムが英語で話す。通訳を挟むことでの(選手間の)理解の差が出ないようにしています」
一貫した方針を、複数の伝え手がリマインドしているわけだ。その伝え手のひとりである中尾は、「僕が思う彼のいいところは…」と補足を忘れなかった。
「週初めに、僕たちのチームの過去映像、彼が過去にコーチングしたチームの映像、別の海外の試合の映像をもとにやりたいアタックを示してくれるんですが、その時に『ぜひ、やりたいな』と思わせてくれる。そして、それが実際のゲームで実現できるんです。アタックする喜びは感じる」
まるで、複数の私立大で人気講座を持つ講師のようだ。中尾は続ける。
「彼自身もおもしろい人。明るくて、めちゃくちゃギャグも言って、常に元気もよくて。それでも戦略的なラグビーを見る目があって、教えるのがうまいんです」
5月21日、東大阪市花園ラグビー場。プレーオフの準決勝は24-30で落とす。レギュラーシーズンでは27-3と下した東京サントリーサンゴリアスのリベンジを許した。
今季最終戦は28日。東京・秩父宮ラグビー場での3位決定戦で、2シーズン連続全国ベスト4のクボタスピアーズ船橋・東京ベイが相手だ。中尾は言う。
「自分たちらしさを出すのが一番。もう一回、自分たちの強みを出すにはどうしたらいいかを考える。いい準備をして、すべてを出し切って、いい形で終わりたい。見ている人にいい影響を与えたい。一体感を見せたい」