「永遠の友、フェデ」。フランス大統領選前に見られたラグビー界の、あるアクション。

　4月24日に実施されたフランス大統領選。その決選投票を前にした時期だった。
　スポーツ界からも、極右政権誕生を阻止するために現職のマクロン氏への投票を呼びかける声明が次々と出された。

　4月18日には、レキップ紙に声明文が掲載された。300人を超えるラグビー界の現役選手、OB、コーチ、スタッフ、記者の署名が添えられている。
「いかなる政治的信念にかかわらず、すべてのラグビー選手のための機関のトップに立つ立場」として個人的な意見を控えていたフランス協会のベルナール・ラポルト会長の名前も見られる。

「過激主義とファシズムの思想に反対したために彼は殺害された。フェデリコはラグビーの価値観、ヒューマニズムを体現していた。

　我々、選手、OB、コーチ、スタッフ並びに経営陣は同じ価値観を掲げている。これは幼少の頃からラグビースクールで教え込まれたものだ。

　2009年、ワールドラグビー・バリューが示されワールドラグビーのラグビー憲章の一部となっている。ラグビー独自の特性と理念をフィールドオブプレーの中でも外でも守っていくための手引きとされている。

　フェデリコとショーン・ヘガルティーはグラウンドの外にいたが、彼らの思想、彼らの受けた教育、彼らの人生哲学に反する言葉を聞いて放っておけなかった。見ないふりをするのではなく行動した。それが彼らにとって当然のことであったから。

　憲章の最初に挙げられているのが『品位』、これはフェアプレーと誠実さから生まれる。

　２つ目は『情熱』で、我々は５〜６歳で初めてスパイクを履いた時から情熱によってかき立てられている。次に来るのが『結束』、つまり集団、忠誠、チームスピリットを表し、社会的地位や文化、地域、政治、肌の色や宗教の違いに関わらず、我々は一つになる。

　また『規律』も掲げられている。我々は日々、トレーニングでもフィールドの外でも、それが難しい時でも、ルールを守るよう心がける。

　最後に『尊敬』、我々の競技の、つまり我々の人生の基盤となるバリューだ。家族への尊敬、他人との関係における尊敬、子供への教育における尊敬、思想の異なる者への尊敬、グラウンドでの敵への尊敬、他者への尊敬、そしてそれらを受け継いでいくこと。

　フェデリコを殺害した者たちは、これらのバリュー、つまり我々のバリューの対極にいる。

　2022年のフランスの首都の真ん中で、これらのバリューを守り実践したがために我々の友の１人が殺害されることになるなど受け入れられない。

　3月19日早朝、我々の誰もがフェデリコの立場になっていたかもしれない。今日もなお、我々はこの受け入れ難いこと、考えられないことを心で理解しようとしている。

　もう二度とこんな状況で人が命を失うことがあってはいけない。もう二度と極右の思想によって喪に服す家族を生んではいけない。我々は、我々のバリューと思想のために戦い続ける。我々の国に憎しみを持ち込む者と戦う。他者との違いは我々を豊かにする。我々は一つの国家である」

　この声明文に出てくるフェデリコとは、元アルゼンチン代表のフェデリコ・マルティン・アランブル（42歳）のことで、フランスのビアリッツ、ペルピニャン、ダックスでプレーし、引退後はビアリッツに住み旅行会社を経営していた。

　2022年3月19日のシックスネーションズの最終戦、フランス対イングランドを観戦するために、元チームメイトのショーン・ヘガルティーと前日からパリに来ていた。
　パリ６区のサンジェルマン大通り付近には昔からラグビー選手が集うバーやクラブが並ぶ地区がある。いつものように2人もこの地区のクラブで夜を明かした後、バーのテラスで休んでいた。

　同じテラスにテーブルについていた3人組の客がタバコを分けて欲しいと声をかけてきた男を激しく罵倒し始めた。いつまでも続くのでアランブルとヘガルティーが止めに入り殴り合いになったがバーのガードマンが間に入ってその場は落ち着いた。
　アランブルたちはバーを後にしてホテルに向かった。すると１台の車が後ろから走ってきて彼らに追いついたところで止まった。中からバーで喧嘩になった2人の男が降りてきて発砲した。弾丸を受けたアランブルはその場で息を引き取った。

　アランブルに凶弾を浴びせた男は、極右の活動家だったと報道されている。

　事件後、トップ14のスタジアムでは試合前に黙祷が捧げられ、アランブルが現役時代を過ごし、また会長でもあったビアリッツの選手は、右肩にアルゼンチンの国旗と「永遠の友、フェデ」とメッセージが入れられたジャージーを着て戦った。