新生グリーンロケッツに即興の名人。トム・マーシャルが取りたい「バランス」とは。
実戦未勝利と苦しむチームにあって、持ち前のスペース感覚でフィールドを彩る。
トム・マーシャル。NECグリーンロケッツ東葛所属の31歳だ。
「グリーンロケッツにとって非常にタフなシーズンになっていると思います。いくつかの試合ではあと一歩で白星が獲れたと感じていますが、結果がついてこなかった。フラストレーションはたまっていますが、シーズンが終わるまで勝つ精神を保っていきたいです」
身長183センチ、体重94キロ。最後尾のFBに入り、セットプレーを介さないアンストラクチャーの攻防で存在感を示す。
2月26日、ホームの柏の葉公園総合競技場。静岡ブルーレヴズとのリーグワン1部・第7節でのことだ。
前半15分頃にスクラムのターンオーバーから一気に攻め込まれる。自陣中盤右中間の接点から、対するSHの田上稔が右へ開きながらグラバーキック。ボールが敵陣の深い位置へ転がる頃には、マーシャルがその地点へ先回りしていた。
捕球した。右から左へ走ると見せかけ、右へ駆け出す。迫る防御をかわし、前方に踏み込みながら近くの仲間へつなぐ。有事に動じない。
お互いが得点を決めていた後半21分頃には、持ち前の即興性を活かす。
自陣深い位置から、味方インサイドCTBのギハマット・シバサキが駆け上がる。ハーフ線付近でパスが乱れるも、どちらへも転がりうる楕円球をマーシャルが抑える。落ち着いて目の前の防御をひきつけ、右へ展開。アウトサイドCTBの児玉健太郎を走らせた。
この局面では結局、グリーンロケッツがペナルティトライを獲得。マーシャルが光る前に、ブルーレヴズの反則があったためだ。ここで相手に一時退場者が出てからはしばらく得点できなかったものの、マーシャルは隙間を射抜く走りを披露。向こうの人数が戻っていた後半34分には、追撃のトライを決めた。
この日は27-34と屈しながら、母国ニュージーランドで培ってきたスペース感覚を活かした。
直近のクボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦(柏の葉での第13節)では自軍キックオフで持ち前のジャンプ力も披露した最後の砦は、このように述べた。
「生まれ育ったニュージーランドでは、アンストラクチャーの状況を好んで動いていました。本能的に身体が動きます。スペースを探し、そこへボールを運ぶ、アタックする…。それが私の目指しているところです。今後の課題は、そのアンストラクチャーでの動きと、まず(自陣からはキックを蹴り込んで)敵陣でプレーしたいチームのストラクチャーとどうバランスをとっていくか、です。まずはチームのラグビーをする。ただ、もしも(キック捕球後に)相手があからさまなスペースを作っていたら、カウンターアタックで自分の持ち味を発揮したいです」
元20歳以下ニュージーランド代表だ。スーパーラグビーのクルセイダーズ、チーフスを経て、2015年からはイングランドのグロスターでプレーした。
来日のきっかけは、世界的なパンデミックだった。まさに「ラグビーが止まった」と言える2020年の春頃、グロスターで指導を受けていたヨハン・アッカーマンから電話をもらう。同氏がヘッドコーチに就任した、現・NTTドコモレッドハリケーンズ大阪へ加わった。
かねて日本に興味があったことも、決断を後押しした。
「まず一番の魅力は、イングランドよりも母国に近いこと。ラグビーに関しても、いわばクレイジーな側面があるのがいいです。この間のスピアーズ戦のスコアが41-71だったように、展開が速くて得点が多く入る。この新しいスタイルを経験するのもいいなと思い、来日を決めました」
初来日のシーズンだった2021年は、前身のトップリーグで強みを発揮する。
長短、高低を織り交ぜたキック、防御を引き寄せながらのパス、持ちうるスキルを最適に活用する判断力…。果たしてクラブは、史上初の全国8強入りを果たす。引力となったアッカーマンについて、マーシャルはこう述べる。
「コーチである前に家族を大事にする人。チーム作りをまず大事にします。確かに練習はとてもハードですが、オフ・ザ・フィールドでは皆を仲良くさせます。スパイクを履いたら仕事のスイッチを入れ、それを脱いだら皆が家族となるようにするんです」
新指揮官が変革したレッドハリケーンズは、今季限りで強化方針を見直す。所属選手は新たな意思決定を余儀なくされるとあり、すでに退団済みのマーシャルも「寂しく思いました」と吐露する。
「レッドハリケーンズにはお世話になったスタッフもいます、仲のいい社員選手もいたので。もしかしたら今回で引退を決断する人もいるかもしれないだけに、悲しい報告でした」
自身がグリーンロケッツに移った理由には、もともとレッドハリケーンズと1年契約を結んでいたこと、親会社の再編があったばかりのクラブの持続性について考慮したこと、何より新天地で楽しめそうだったことが挙げられる。
東葛地区をベースにした緑のチームでは、元オーストラリア代表指揮官のマイケル・チェイカがディレクター・オブ・ラグビーに就任。「チームを新しくする」と打ち出していた。「自分もその一員に」と2年契約にサインしたマーシャルはいま、3月下旬に合流のチェイカたちと足元を見つめ直す。
「チェイカのポジティブなエナジーは選手に伝わっている。発言時は何らかのオーラ、威圧感、エナジーがあり、皆はそれぞれのしていることを止めて、耳を傾けます。チェイカは、お互いがリスペクトをしあう環境を求めています。また、ゲームプランを信じ切ることが重要だとも。そうすることで、そのうちこちらに運が傾いてくると思っています」
24日、再び柏の葉に乗り込む。続く第14節では、順位の近いNTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ浦安とぶつかる。念願の初勝利と1部残留へ、「勝つ精神」を維持する。