エディーに薫陶。若井正樹がブラックラムズにもたらす「レジリエンス」とは。
上位陣との接戦にファンが喜ぶ。それにかえって、申し訳なさを覚える。
「勝つという目標を立てて、結果が出ていないのには責任を感じます」
若井正樹。今季からリコーブラックラムズ東京のハイパフォーマンスマネージャーを務める50歳だ。
1月から参戦するジャパンラグビーリーグワンのディビジョン1では、ここまでの11試合で3勝8敗とする(2度の不戦敗を含む)。
2月5日の第5節で、昨季4強のトヨタヴェルブリッツに19-23と迫る。一方、3月27日の第11節では、それまで6つ黒星が先行のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス東京ベイ浦安に12-42と完敗している。
若井が話したのは、いまより負けが込む前の3月上旬。自分たちの準備方法にベクトルを向けていた。
「何がうまくいっていないかを把握し、改善しないと、同じことが起こり続ける。試合は、練習が反映されている。勝てていないということは、練習を見直さなきゃいけない。その練習のストラクチャーを作っているのはコーチです。そこはコーチ同士でディベートもします。それで決まったことを一本化して、選手に伝えていく…」
新たな挑戦に踏み切ったばかりだ。
2006年度から昨季までは、現・東京サントリーサンゴリアスのS&C部門を担当。2009年度からの3季は、ゼネラルマネージャーや監督を務めていたエディー・ジョーンズ(現・イングランド代表ヘッドコーチ)の薫陶を受けてきた。攻め続けるプレースタイルの下地を作り、前身のトップリーグで計5度の優勝を経験した。
近年は後輩スタッフが育ってきたこともあり、新天地へのチャレンジを視野に入れる。「もともと(昨季が)最後と決めていたんです」。転職先がブラックラムズになったのは、ピーター・ヒューワット新ヘッドコーチからラブコールを受けたからだ。オーストラリア出身の通称「ヒューイ」は、サンゴリアスの選手やコーチとして若井と活動したことがある。
ブラックラムズは一時低迷も、神鳥裕之前監督のもとグラウンド外の規範を整備してきた。入部2年目の今季から主将となった武井日向をはじめ、若手を相次ぎブレイクさせる。2016年度以降は常時8強入り。安定的な成績を維持していた。
そのブラックラムズを対戦相手の側から見て、若井は伸びしろを見出していた。
「仲間意識が強い。(もともと)フィジカルが強いし、キープレーヤーがいる。ただ、こちら(サンゴリアス)がしっかりがまんをしていれば最後は勝てるな…という感じでした。サンゴリアスの選手には、それだけトレーニングさせていましたから! (近年のブラックラムズは)コーチングスタッフも少しずつ変えて、ブランビーズ(スーパーラグビー豪州クラブ。過去に若井が留学経験あり)のエッセンスを入れてきた。力をつけている印象はありました」
本格始動を前に着手したのは、「お互いを知る」ことだった。
若井はサンゴリアス時代から、オーストラリアで学んだZUUというプログラムを推奨する。動物のアクションを模した全身運動で、強さと機動力を植え付けんとする。サンゴリアスの正FLである33歳の小澤直輝は、いまでも若井と一緒に取り組んだZUUのセッションを実施。昨年には4年ぶりの日本代表復帰を果たしている。
ブラックラムズと若井の相互理解にも、そのZUUが用いられた。6月から約2か月間あったオフの間、若井はZUUのオープンクラスを開く。
「週に3回」「朝7時から」「自由参加」
この条件でどれだけの選手が集まるのか、その選手はどんな人間なのかを観察した。
「皆、勝ちたいんだな、と感じました。参加するメンバーがたくさんいたんですよ。朝の早い時間帯にあえて足を運び、きついトレーニングをしていました。『勝つためには何をしなきゃいけないんだろう?』とその場へ入って、体験してみていたんです。ヒューワットとともに、勝つための環境づくり、プログラムを作っていかなくてはと(再確認した)。7月以降は、ZUUを通常のセッションとして採り入れました」
チームが動き出した夏以降も、測定で走る距離を従来よりも長めに設定。目玉のZUUは平時の「セッション」に加え、オフの「オープンクラス」でも継続する。選手の主体性を育てるためだ。
「オフにZUUのオープンクラスを開く。選手は『休みじゃないんですか』と。こちらは『休みじゃありません。トレーニングフリーデイです。自分で考えて、休んだほうがいいならリカバリーをしてください。または、何か自分に必要なことをしてください。こちらは、オープンクラスを開いていますよ』と。…何だか、嫌らしいですけどね! 自分の目標を達成するためには、自分の意思で取り組んだほうが成長は早いんです。(オープンクラスに挑む選手にも)嫌々来ている奴は何人かいると思いますよ、絶対に。ただ、強制じゃない。その違いは、大きいです」
既存のS&Cスタッフにも、常に問いかけている。
「ただストレングスを向上させるだけでは勝てません。選手を、向上させないといけないんです」
「50人も選手がいれば、50人の息子がいると思ってみて。優秀なお兄ちゃんもいれば、よちよち歩きの赤ちゃんもいる。ひとりひとりに合ったアプローチをしていますか?」
自嘲気味に笑う。
「うるさい奴が来たな、と思われているんじゃないですかね」
テーマは「レジリエンス」。困難を乗り越えるたくましさだ。
サンゴリアス時代の2018年、トップリーグの決勝で当時の神戸製鋼に5-55で敗戦。キックオフの直前までいい準備をしてきたと自負していたのに、想定外の圧力を食らった。
その悔しさを、「レジリエンス」と打ち出す原点にした。
「ゲームはカオスです。その居心地の悪い場所で、相手のやってくることの解決方法を見つけ、対応し、自分たちのやらなくてはいけないことを遂行しなくてはいけない。そのためには、(普段から)居心地の悪いところでファイトし、コミュニケーションを取り、タスクを遂行するためのメニューをし続ける」
黒星が先行して終盤戦を迎えるいまも、その「レジリエンス」が問われていよう。
大量失点を喫した試合では、序盤に相手の勢いを引き出しているような。チャンスをミスで逸したり、接点で圧をかけられ攻撃権を失ったり。ただし点差をつけられてからはよく粘り、それで愛好家の心をつかんでいるのではないか。
シャイニングアークス戦でのことだ。
前半13分にスコットランド代表経験者のブレア・カーワンをレッドカードで失いながら、ハーフタイム直前にはワイドな展開で向こうのペナルティを何度も引き出す。お互いのエラーが重なるなかでもなんとか敵陣ゴール前に滞留する。
それまでずっとパスを放っていたSOのアイザック・ルーカスが、得意のランでトライ。5-18と迫った。
5-35とほぼ勝負をつけられた後半18分の失点シーンでも、いったん大きな突破を許しながらルーカスが好カバー。接点にNO8のアマト・ファカタヴァが絡んでいる間、必死に戻った黒の隊列が自陣ゴール前に網を敷く。
武井が、FLの福本翔平が懸命にタックルを繰り出す。若井はこうだ。
「ボディランゲージ、あきらめない…(姿勢)。ブラックラムズでやるからには、そこが絶対に譲ってはいけないプライドです」
時折のぞかせる「レジリエンス」をキックオフ早々に発揮する、その安定感が醸成されたい。日本ラグビー界きっての名物セコンドは、自主性の大切さを説く流れでこうも言っていた。
「ひとつひとつの小さなアチーブメント(達成)の積み重ねが、最終的には自分の力になる」
4月9日、敵地のヤマハスタジアムで静岡ブルーレヴズとぶつかる。