国内 2022.01.08

運営サイドとチームが体験した、リーグワン幻の開幕戦。中止の報せを聞いた時、クボタスピアーズの面々は表情を変えなかった。

[ 編集部 ]
運営サイドとチームが体験した、リーグワン幻の開幕戦。中止の報せを聞いた時、クボタスピアーズの面々は表情を変えなかった。
就任6年目のフラン・ルディケ ヘッドコーチ(撮影:大泉謙也)

 その時、クボタスピアーズは芝の上にいた。

「次の試合にフォーカス」(フラン・ルディケ ヘッドコーチ)

 長いプロセスを経てたどり着いた特別な試合の中止を聞かされ、チームは、その場ですぐに気持ちを切り替えたという。

 1月7日に予定されていた日本ラグビーの新しいリーグ、「リーグワン」の開幕戦は、新型ウィルスの影響で中止となった。埼玉ワイルドナイツに陽性者が出て、48時間前までに試合のできる態勢が整わなかった。規約に従い、クボタスピアーズ船橋・東京ベイに勝ち点5、埼玉は勝ち点なしとなった。1月5日の発表だ。

 トップチーム内には二つのチームがある。経営、運営を行うスタッフたちと、競技の現場にいる選手やコーチたち。その全体をクラブ、現場をチームと呼ぶなら、開幕戦はスピアーズというクラブ全体が、情熱をかけて取り組んできた大きなプロジェクトだった。

 リーグワンにはホストとビジターのゲームがある。特例は開幕戦とプレーオフで、通常はホストが担う主管をリーグが行なう。クボタはその開幕戦で、変則的な「ホスト」を担った。興行権はリーグにあるが、チケットの一部を販売するなどの権利を持つ。記念すべき開幕試合のチームに選ばれたことを、ファンと共有したい気持ちが強かった。ホストなら、それをより主体的に捉えられる。リーグの始まりに、誇りを共有する機会として、スピアーズは開幕戦に入念な準備を進めていた。

 ファンから感じ取れるところでは、3か月前から、開幕を記念したファーストジャージーを企画、販売した。選手たちが身につけているものと同じ仕様のオーセンティック・アイテムだ。特別に、対戦カードを刺繍で記した。12月には再販売もかけ、会場でもブースが用意されるはずだった。

「国立で、やらせてあげたかった」

 あるスタッフは悔しそうに笑う。

 会場の広さを鑑み、販売関係だけで特別ブースを三つ用意した。

 うち二つでは、この日に合わせて用意した6つの新商品(コンセプトは「日常に推し活を」。ふだん使いできるアイテム、デザインにこだわった)をお披露目、残り一つのブースでは、選手サイン色紙入りの福袋(二万円相当の内容で価格一万円)、そして開幕記念ジャージーを置く予定だった。

記念ジャージーを身につける立川理道キャプテンとマスコットのスッピー(撮影:大泉謙也) 

 開幕への期待を盛り上げる空気づくりにも取り組んできた。SNSでは、53人の全選手が、1日1人登場してのカウントダウン。中止発表後も前日まできっちり行なった。

 サンケイスポーツからは号外が準備されていた。もちろんクラブの仕掛けによるもの。全一万部。7−8割を国立競技場周辺で、残りは、ホームスタジアム江戸川区陸上競技場のお膝元、西葛西駅前で配布。

「西葛西駅では、区民の皆さんにスピアーズというチームを知ってほしかった」とスタッフ。地元を根城にするスピアーズとは、ラグビーの開幕戦を戦うようなチームなんだ。その誇りを共有したかった。

 新たなラグビーファンを増やしたい気持ちはもちろん、今いるファンと、愛するチームを持つ喜びを、ともに噛み締めたい。それが、スピアーズがこの開幕戦に込めたメッセージだった。そして、クラブがこの一戦につぎ込んだものは、経済的にも大きかった。

 どんな演出や仕掛けよりみんなを笑顔にできるのは、ピッチの選手たちのパフォーマンスだ。チームはこの日に向け膨大な労力を注ぎ込んできた。1月5日、中止の報せが届いたのは18時半ごろ。江戸川区陸上競技場にいた。19時30分開始の本番に合わせて、選手のバイオリズムやナイター対応をシミュレート。各方面の協力を得て実現した練習は、最高の集中力に包まれていた。セッションの終盤、マネジメントがグラウンドに現れ、集合がかかった。

 その場にはいなかったスタッフを含め、落胆したクラブが勇気づけられたのは、選手たちの態度だったという。円の中で報告があった時、彼らの表情は何も変わらなかった。あんなに走り、ぶつかり、起き上がってここまできた選手たちが、静かに現実を受け入れている。直前にそれを知ったフラン・ルディケHCを含め、空気は引き締まったまま。

 チームは全員でかたまり、勝利の試合後に行なう凱歌、「クライ」を上げた。

「中止ではなく、1試合が今、終わったと考えよう」(フランH C)

 開幕に向かって、もう一つクラブがチームに鼓舞された出来事がある。それは「オレンジアーミー」という、チームのファンにつけられたニックネームについてだ。

 もうファンだけではなく、選手もコーチもスタッフも、パートナー(企業)も僕らみんながオレンジアーミーじゃないか。チームはその代表として戦う。戦いたい––。

 これは運営スタッフでなく経営側でもなく、現場のコーチと選手たちから発信されたコンセプトなのだという。

 みんなの誇りを示す代弁者でありたい。スタッフの奮闘とチームの見せた背中に引っ張られ、オレンジアーミーの開幕戦は、終わった。

 広報の岩爪航さんは元選手にして、オンラインイベントのMCも器用にこなすオレンジアーミーの橋渡し役だ。チームよりも少しだけ早く中止を知った岩爪さんは、リーグの発表を待って、まずファンへの報告とお詫びをSNSなどで行った。円陣でのクライやHCの言葉、選手たちの顔つきについても、アーミーの一員として伝えさせてもらった。

「ウチはもう、ファンも切り替えてくれてますよ。次の試合でも勝ち点5を。この1勝、どう影響しますかね」

 オレンジ色の見えない行進。リーグワンは始まっている。

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