コラム 2021.09.16
【コラム】その常識を超えてみる

【コラム】その常識を超えてみる

[ 谷口 誠 ]

 しかし、後藤さんはこの理屈を否定する。「体重移動で重心が外に行けば、反対側に(パスやランで)行くオプションがなくなる。重心がいつも両脚の間にあれば、相手が(パスダミーなどにつられて守備位置から)外れた時、反対の選択肢が取れる。そのボディーバランスを常に保つ必要がある」。体重移動を使わずとも、腰や腕などを回転させる力を使えば楽に、速く投げられる。後藤さんはインターネット上の動画でそう啓蒙している。

 世界的な名手を丸ごと真似るのも危険だと後藤さんは警鐘を鳴らす。オールブラックスのSHアーロン・スミスがパスを指南する動画がある。これは悪い見本だそう。「世の中の人があれを見て練習してもうまくならない。アーロン自身が試合になると、動画とまったく違うプレーをしている」。ボールの回転のかけ方や重心の残し方が、本番とは違うのだという。

 その経歴からはにわかに信じがたいが、後藤さんは「僕は子供の頃から体が小さく運動神経が悪かった」と振り返る。身体能力の差は、考えることで補ってきた。「他者との違いをどうつくればいいのか、有名な人が言うことが本当なのか、ずっと考えてきた」。その積み重ねが日本代表SHへの道を切り開いた。

 日本代表で長谷川慎コーチがつくりあげてきたスクラムも、常識破りの技術の筆頭である。FW8人の体同士が接する面を縦横4枚の「壁」と捉える。この壁を崩さないように全員が意識することで、スクラム中の姿勢が乱れなくなる。逆に組む前から相手に重圧を掛け、窮屈な姿勢にさせてしまう。他の国のマニュアルにはない、斬新で緻密な理論である。「体の強い外国人と日本人が同じ土俵で勝負したらダメ」と語る長谷川コーチも常識にとらわれていない。

 パラリンピックで考えさせられたことがもう1つ。ルールの柔軟さである。日本が銅メダルを獲得した車いすラグビーは、障害の重さに応じて選手に点数を付け、出場選手の総得点に上限を設けている。公平な競技環境をつくるとともに障害の重い選手にも活躍の場を与える、巧みな取り決めだ。

 ラグビーも時代の要請に応じて柔軟にルールを変えてきた。今年採用されたキックなどの新ルールもその一例。近年は特に選手のケガを減らすことが規則改定の眼目になっている。

 その意味で、これから焦点になる可能性があるのは選手の体重制限だろう。1995年のプロ解禁以降、選手の大型化は進んできた。コンタクトプレーの衝撃は体重が重いほど増す。その分、ケガも増える。選手の体格差があればいっそう危険性は高まる。

 ニュージーランドは昨年から85キロ以下の選手限定の全国大会を始めた。小柄なプレーヤーや、真剣にラグビーをしたい中高年。ケガを恐れて競技から遠ざかっていた人たちを呼び戻すことが目標だ。

「新種目」を支援するのが、2011年W杯でオールブラックスを優勝に導いたグレアム・ヘンリー元監督である。同国ラグビー協会のホームページでコメントしている。「うまくいけば、85キロ以下の代表チームを編成できる日もそう遠くない。ニュージーランドとライバルが85キロ以下の試合をすればどんなにスペクタクルでしょうか」。

 イングランドではトランスジェンダーの選手に対し、身長、体重が基準以下でないと女子の大会への参加を禁止する案が検討されている。

 重いPRと速いWTB、すばしっこいSHが一緒にプレーできるのがラグビーの醍醐味である。全選手に85キロの体重上限を設けるインドの国技、カバディのようなルールはそぐわない。ただ、ラグビー選手の安全を求める声は急速に高まっている。ニュージーランドの「中軽量級」のように、選手の体重を考慮した取り組みも柔軟に行っていくべき時だろう。

【筆者プロフィール】谷口 誠( たにぐち・まこと )
日本経済新聞編集局運動部記者。1978年(昭和53年)生まれ。滋賀県出身。膳所高→京大。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーワールドカップは2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビー以外に野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。高校、大学でラグビーに打ち込む。ポジションはFL。

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