国内 2021.07.13

NTTコム、データ分析のコンペで新しい「常識」を作る。

[ 向 風見也 ]
NTTコム、データ分析のコンペで新しい「常識」を作る。
NTTコミュニケーションズシャイニングアークスのヘッドオブアナリシス、木下倖一氏


 木下倖一が今回、目指すのは「常識の再定義」だ。

 国内ラグビートップリーグから新リーグ1部への移行が強く期待されるNTTコムにあって、「ヘッドオブアナリシス」との役職を担う。試合に向けて自軍と相手のデータを分析するアナリストの仕事を、慶大3年時の2016年からトップリーグのNECで務めてきた。

 翌17年からは日本唯一のプロクラブだったサンウルブズへ携わり、国際リーグだったスーパーラグビーへ参加。20年はシーズン途中での解散までヘッドアナリストを務める。そのさなかの2019年には、ニュージーランドの国内選手権へ挑むベイ・オブ・プレンティのヘッドアナリストも務める。

 そして現職に就き約1年がたったいま、楕円球界では「初」という試みをおこなう。「常識の再定義」の一環である。

『アークスアイデアソン』

 日本トップレベルのチームが持つリアルなデータをさまざまな参加者に分析してもらい、コンペをおこなうイベントだ。

 今回のお題は「トレーニングデータを用いたラグビー選手の傷害予測、予防等に関する分析」。膨大なデータから、故障抑制の糸口を見つけられないか。スポーツ界には少ないとされる数字のエキスパートら、業界外の人材から広くアイデアを得たい。

 サッカーなど他競技の世界では、すでに同種の催しがおこなわれているという。木下は続ける。

「常識を問い直す時は、やはり『中』にいる人間だけでは『常識って…常識だよね』で終わってしまう。そこで、情報のオープンシェアが欠かせなかったのです。データの利活用がうまくいっていない現場の課題感に、チームの『ファンに身近に感じ、楽しんでもらいたい』という方針がつながった(ことが今回の試みにつながった)。『こういう選手はけががしやすい』『過去のけがを見ると、こんなけがが多く、それはここに起因するものだと』など、いまあるデータを使った第三者からの知見を還元できれば嬉しいです」

 応募期間は7月9~16日。参加希望者は機密保持契約を結んだうえで、チームから「所属選手の走行距離や加速回数といったGPSデータ」「練習後などに選手が申告する主観疲労強度」「日ごとの体調の変化」「クラブが管理する個別の故障歴」といったデータを受け取る。プレゼン資料の締め切りは26日。募集条件には1組3名までとあるが、別個の応募者同士でチームを編んで挑んでもよい。

 決勝進出者を決める審査員は、チームのS&Cコーチ、トレーナー、木下が運営する「スポーツアナリストミートアップ」という団体のデータサイエンティストと他分野のメンバーが揃い、8月7日の最終コンペでも多軸の評価から優勝者が決まる。

 優勝を逃したユーザーのアイデアも、現場のスタッフの意向によっては強化に反映されそう。ユーザーにとっては、キャリアアップの糸口にもなりうる。

 予めデータの受け渡しを承認したというNTTコムの選手は、すでに木下へ「どういう結果が出るのかを知りたい」と求めているらしい。

「(分析結果をもとに)『走り過ぎたらけがをする』と思っている選手へ『実際にはそんなことはない。もっと頑張れるよ』と言えるようになるかもしれません。練習の強度を上げるか、より個別化して細かい対応ができるか、という可能性があります」

 何より、科学技術の力を活かすマインドは日本ラグビー界の質向上にもつながるのではと木下は見る。海外経験も踏まえて述べる。

「ニュージーランドでも選手のデータを取るシステムはありましたが、それを使う術は…という印象です。世界的な強豪国でも、ラグビーに関する研究は少ないです。ここ(データ分析)は日本が世界に追いつき、追い越すチャンスのある領域です」
 
 ラグビーの試合は目まぐるしく展開する。野球で流行った「マネーボール」のような、一定の数字を勝率に昇華させる発想は成立しづらそうだ。そのため「『明日、アイツはけがする』の(予測の)精度を高めることが、データ利活用の第一歩です」と木下。チームの「中」でとどめていた情報を「外」へ放出することで、新しい「常識」を作る。

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