山沢拓也の才能が大舞台で輝くには。サンウルブズ指揮官は「自己PR」の勧め説く。
閃きはただの閃きではなかった。
6月12日、静岡・エコパスタジアム。約1年7か月ぶりの活動を始めたばかりの日本代表に問いを投げかけたのは、山沢拓也だった。代表の主軸が「JAPAN XV」で挑んだ強化試合で、サンウルブズの先発SOを務める。
前半19分、ハーフ線付近左中間でパスを得ると、飛び出す防御の裏側へキックを飛ばす。自ら弾道を追う。
球は敵陣インゴールエリアへ転がり、最後は味方SHの荒井康植が押さえ、通称「サニーズ」が先制トライを決める。山沢のゴールキック成功で7-0。本人はこうだ。
「チームとしてキックをうまく使って、アンストラクチャー(セットプレーを介さない)のアタックをするようやってきた。スぺースがあればそこにキックを…というふうにやって、それがうまくいく部分もあったかなと思います」
幻想的なシーンの裏には、当日の自己判断のみならず、それへの周囲の反応、さらには事前に打ち立てた計画があった。その事実は、あの時のキックを自身のほか3名の仲間が拾いに走っていたことからもにじむ。何より、他の場面でも山沢の足技はスペースを裂いた。
チームを率いる大久保直弥ヘッドコーチは戦前、山沢に「ジャパン(JAPAN XV)がかけてくるであろうプレッシャーには、1人でなんとかしようと思わなくていいよ」と伝えた。果たして水を得た魚の背番号10に触れ、目を細める。
「周りの14人とつながることで自分のパフォーマンスもよくなること(感覚)が(わかったのでは)。自然体でプレーできたことが、彼の次のステップへ行ってくれる分岐点となったら、コーチとしては嬉しいですよね」
試合はサンウルブズが前半を14-3とリード。最後は17-32と日本代表が逆転勝ちも、狼軍団は観客を魅了した。
山沢は「前半は自分たちに勢いがあったんで(首尾よく)運べましたが、後半は相手に嫌なところを突かれ、ペナルティを犯し、エリアマネジメントで(陣地を)返された」と、日本代表の組織的な「適応力」に触れる。
この日の好プレーにメディアは「その先」を想起するが、当の本人は「サンウルブズとして試合を楽しむということだけにフォーカスしていた」と強調する。
「割り切って、楽しむと決めている。先のことは考えないように——」
競技を本格的に始めた深谷高では、1年時から全国大会で活躍。3年で日本代表候補に入ったのは、当時ヘッドコーチだったエディー・ジョーンズ(現 イングランド代表ヘッドコーチ)に将来性を見込まれたからである。
多彩なパスやキックの技術、強力なタックルをいなして前進するボディバランスが魅力的だ。筑波大4年時にはパナソニックと契約し、国内トップリーグ初の大学生選手となった。常にグラウンドへ残ってゴールキックを練習する資質と相まって、ファン、関係者からの評価は常に高い。
もっとも26歳のいまに至るまで、日本代表として手にしたキャップ(代表戦出場の証)は3にとどまる。いずれもアジア諸国との対戦時のもので、強豪国とのゲームではメンバー入りしていない。
2016年秋に発足のジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ体制下では、受難を強いられている。
2018年秋の日本代表ツアーでは、直近のトップリーグで好プレーを連発しながら選外となった。翌年のワールドカップ日本大会に向けた選手選考レースでも田村優、松田力也の後塵を拝した。
複数のスタッフ、選手の証言を総合すると、選ばれた2人は戦術理解や戦況把握でよさを見出された。
2018年時、山沢について聞かれたジョセフはこう説いている。
「山沢はいいパフォーマンスをトップリーグで見せていますが、トップリーグと(その年の秋に対戦予定だった)オールブラックスとではレベルの差があります。10番(SO)の育成には時間がかかる。山沢のような若い選手にいきなりこのような高いレベルの試合をぶつけることは、彼の成長にとってもあまりよくない。いままで私も本当にいろいろな10番を指導してきましたが、本当に花が咲くのは20代中盤からです」
今回、サンウルブズを率いた大久保は、「4年に一度のワールドカップでそのグラウンドに立てるかどうかは、『そこ(目標)に対して自分をどうマネジメントするか』で変わってくる」。山沢、さらに日本代表側からサンウルブズへ回っていた荒井にも触れ、落ち着いた性格かもしれぬプレーメーカーへエールを送る。
「受け身で、物静かで…というのは、やっぱり外国人コーチには物足りないと思うんですよね。ただ、次の4年間(2023年のワールドカップ・フランス大会までの期間)は外国人 ―ジェイミーとブラウニー(トニー・ブラウン アシスタントコーチ)― がチームを作る。そこでの賢さ、対応力、戦略は必要。日本人が苦手な部分だと思うんです、自己PRって。ただ、単純にスキル、知識だけで生き残っていける世界でもないので」
現役時代はタフなタックルを繰り返すFLとして日本代表となった大久保は、「『俺はこれで(いままでのあり方を変えずに)行くよ』も、間違った生き方ではないですけども」と念を押しつつ、生存戦略としての「自己PR」の勧めを説くのだ。
グラウンド内外での主張の強さで知られる選手には、田中史朗が挙がる。
日本大会を含めワールドカップに3大会連続で出たSHで、2013年にはハイランダーズに加わり日本人初のスーパーラグビープレーヤーとなったパイオニアだ。語学力とは異なる資質で外国人選手の懐へ飛び込み、練習中の空気が緩めば叱咤で引き締める。
大久保は2018年のサンウルブズにアシスタントコーチとして帯同。ここで印象的だったのが、流大主将の言動だ。
流は日本代表に定着し、ワールドカップ日本大会の全5試合に先発する。大久保は、流が「フミ」こと田中と正SHを争った日々をこう述懐する。
「流には、彼(田中)を見て自分の表現を変化させる、というのも感じました。サンウルブズでも(定位置を争う)フミに勝ちたいなか、FWを使う(味方をコントロールする)ことを学び、外国人選手、コーチとの関係を構築していった」
人間的資質の他、技術的な側面にも山沢の伸びしろはありそうだ。
強化試合の後半31分、自陣中盤右で相手のハイボールを捕った瞬間を「JAPAN XV」の海外出身選手3名に囲まれる。ターンオーバー。そのまま向こうのテビタ・タタフに走られるなどし、17-22と勝ち越しを許した。
これ以外の場面でも、キックの捕球後に相手のタックルで押し戻されることがあった。ジョセフのラグビーでは、蹴り合いにおける安定的なプレーが不可欠。大久保も「捕った瞬間、着地してからのアジリティ、フットワーク(俊敏な動き)」が改善点と見る。
ただし、現場からの声は指摘だけにとどまらない。タタフらと対峙した際の山沢について、大久保はこうも言うのだ。
「彼がマイボール(という声)をかけて、自分から捕りに行っているのが素晴らしい」
確かにこの時、捕球時の激しい身体接触は想定されていた。技術と同時に度胸も試されそうだったのだ。大久保はこうも続ける。
「あのプレッシャー下では、(捕りに)行けない選手は行けないですよ。彼の場合は、自分から捕りに行く勇気があった。ターンオーバーされたことよりも捕りに行ったことを評価してあげたい。捕りに行って落とした(ボールを乱した)のであれば、まだまだ見込みはありますよ」
日本代表は6月26日、エディンバラのマレーフィールドでブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズにぶつかる。
田村が64キャップ目を得て24キャップの松田がベンチに控えた歴史的な一戦で、10-28と応戦。攻撃中の接点や反則に泣いたが、組織防御は概ね整備させた。強化試合の効果はあったか。
この国の精鋭が欧州を転戦するなか、近くの人々から才能、さらには勇気を評価される山沢は、「ゲームの組み立て方はもっと突き詰めなきゃいけないです。テストマッチの試合では堅い試合が多くなると思うので、そこで安定したプレーができるかは課題」。地位や名誉を得る以前に、ただラグビーがうまくなろうと努める。