コラム 2021.05.14
【コラム】足掻く価値。もがきの力。

【コラム】足掻く価値。もがきの力。

[ 谷口 誠 ]

 当時のサッカー代表はW杯イヤーに入り、絶不調に陥っていた。岡田さんや選手にはナイフのような批判が浴びせられた。その結果、「ブラックパワー」が発動したのだという。

「メチャクチャにたたかれた結果、選手たちが『この野郎』『俺らでがんばろうぜ』って主体的に動き出した」。選手は自らミーティングを開始。議題は団結の必要性だけではなく、戦術にまで及んだ。

「私もそのブラックパワーをちょっと利用したところがある」とも岡田さんは話す。噴出し始めたマグマを生かすべく、チームをほぼ一から作り直すことを選択。先発の顔ぶれを変え、主将も若手の長谷部誠に交代した。戦術もそれまでの正反対、極端な守備重視に舵を切った。

 W杯の初戦を半月後に控えたタイミングでである。切羽詰まった時期に、それまでの自分たちを全否定するような決断は並のコーチにはできない。しかし、少しでも勝利の確率を高めるための非情の采配はさらにチームの危機感を高め、本番では下馬評を覆す1次リーグ突破を達成した。

 2つのフットボールの日本代表を見ていると、チームに危機感がある時ほどいい戦いをする傾向があるような。ラグビーでは平尾誠二監督のもと、大きな期待を背負って臨んだ1999年W杯は3試合とも完敗に終わった。続く2003年大会。ジャパンへの注目度は低かったが、その分、一体感はあった。中3~5日で4試合という厳しい日程で全敗したものの、大久保直弥らの低いタックル、良く練られたセットプレーからの攻撃は心に響くものがあった。

 2015年の日本も、W杯が近づくにつれてエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)と選手の間の摩擦が高まった。しかし、開幕の1か月前に日本ラグビー協会は指揮官の退任を発表。チームは一変する。4年間の「ハードワーク」の成果が一方向に結集。南アフリカ戦のスクラム選択に象徴されるように選手の主体性も高まり、3勝の躍進につながった。

 ‘19年のジャパンにも似たストーリーがある。「ジェイミー・ジョセフはエディーと違って何も言わない。だから選手がついて行っていない」。岡田さんはラグビー界の知り合いからこんな話を聞いていたという。

「それを聞いて、私は『行けるぞ』って言ったんです。選手が『俺らでやらなきゃ』って動き出すぞってね」。

 選手の主体性を生かすことはジョセフHCが狙ったところでもあったが、結末は岡田さんの予言通りとなった。

 今月下旬に再始動する日本代表にも、「ブラックパワー」は生じるのではないだろうか。チームはW杯後、1年半に渡って活動できなかった。「他の国はシックスネーションズとかをやっている。若干、焦る部分はある」と姫野は胸の内を明かした。他の選手も多かれ少なかれ危機感を抱いているだろう。

 久しぶりのテストマッチ。以前のような長期合宿も組めない。しかも相手は初顔合わせの全英・アイルランド代表ライオンズ。状況だけを見れば、日本の勝利は簡単ではない。しかし、一人ひとりが逆境で「もがく」ことで、逆に開ける道もある。歴史がそう教えてくれる。

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