ピッチ外でも人生が豊かに。英国で見つけた新たな価値観。鈴木彩香(ワスプス・レディース)
日本を離れ、最初からそう考えられたわけではない。
脳震とうの症状が出たのは渡英して1か月後。初めて試合に出たセール・シャークス戦でダブルタックルを受けた時だった。
強打はなかった。おそらく脳が揺れたのだろう。試合後、頭痛がした。頭が重く、違和感のある期間が長く続いた。
「(プレーができなくなって)自分はここに何をしに来たんだろう。そう思って落ち込んだ時期もありました。英語でのコミュニケーションも不自由。フィジオに痛みの具合も伝わらない。そういったことも重なり、気持ちが落ちたことも体調不良につながったと思います」
でも、仲間のお陰で状況が変わった。
「アジアからやってきて、まともに英語も喋れず、すぐに脳震とうでプレーできなくなった私にもどんどん話しかけてくれました」
その中で受けた刺激が自分を前向きにしてくれた。
この3か月、トレーニングといえばバイクを使った有酸素系のものぐらいしかできていないが、コーチの後ろに立って指導法を見つめたり、コーチと選手のチャットを見て考えたり。
試合を見つめる。日本ならこうした方がいいとイメージする。ピッチに立てなくても、やれることはたくさんあると気づいて楽になった。
「(復帰の)メドが立たない中、最初は焦りまくり、悲しみまくり、苦しみまくりました。ラグビーに早く戻らないといけないと、強迫観念みたいなものがあった。でも現在は、いま何ができるかを考えよう、いまだからできることがある、と考えられるようになっています。この時間を使ってW杯で勝つにはどうしたらいいのかと思い浮かべたり、セカンドキャリアの準備もしようかなとか、すごく前向きです」
シーズンは5月まで続く。その後は未定。日本へ帰国するかもしれないし、クラブに残る話もある。
そんな中で唯一はっきりしているのは、2022年のW杯でベストの自分を表現したいという強い意志があることだ。
脳震とうは大丈夫か。
そんな心配にも、「いつ引退しても後悔しない人生は歩んでいるつもりです」と、ここにも前向きな自分がいる。
エクセターで活躍する加藤幸子(21歳/日本では横河武蔵野アルテミ・スターズに所属)が試合でやってきた時は、近所のスーパーでお寿司を買っておいてご馳走した。
おいしい、おいしい。
笑顔で頬張る後輩の姿を、「本当にかわいいんですよお」と目を細める。
「さっちゃんとは、頻繁に連絡をとっています。こっち(イギリス)にいるんだから、その感覚で上下関係なしでいいよと言っても、最初はエ〜と言っていました。でも、いま完全に友だち感覚です。ラグビーのこととか生き方とか、いろんなことを話します」
グラウンドの上以外にもアスリートの活躍の場はある。
ラグビーも大好き。ほかのことも一生懸命やりたい。
そんな人生も「あり」で、そんなことは以前から頭の中で理解していたけど、本当にそんな生き方をしている仲間と出会って価値観が定まった。
「日本の女子ラグビーのカルチャーを、もっと良いものにするための活動も、自分のセカンドキャリアの中に付け加えました」と話す鈴木彩香は、肩の力が抜けていい表情をしていた。
新しい場所で、新しい自分に出会った。