「もうひとつの花園」出身トップリーガー。Hondaの開幕スタメンを飾ったLO中川真生哉
自分を信じて逆境に立ち向かってきた。いつか道は拓けるとは信じていたけれど、夢のようだった。
2月20日に開幕した「トップリーグ2021」で、少人数校出身の大卒ルーキー、HondaのLO中川真生哉(なかがわ・まおや)が、開幕節NTTコミュニケーションズ戦でスタメンを飾った。
「(トップリーグ開幕スタメンは)めちゃくちゃ嬉しかったです。グラウンドに入場した時、Hondaを応援するファンの皆さんが見えて興奮しました」
そもそも日本人ロックにとってトップリーグ出場は難関枠。開幕節に登場した先発ロック32人中22人が海外出身選手だ。そんな激戦区に大卒1年目の中川が抜擢され、2019年ワールドカップ、南アフリカ代表のフランコ・モスタートとコンビを組んだのだ。
今でこそ191センチの体格を誇るリアル・ロックだが、華々しい楕円球人生を歩んできたわけではない。むしろスポットライトの外側が、いつもの場所だった。
ラグビーを始めた東京・玉川学園中高では、仲間に恵まれたが、黄金世代とのギャップに苦しんだ。
1学年上が黄金世代で、中学時代に東日本大会出場、高校3年時に都予選ベスト4。
一方、中川の代は人数が少なく、中学3年時は一勝もできずに終わり、高校3年の始動時には15人が揃わなかった。
「ひとつ上の先輩たちが強くて、その反動がすごかったんです。先輩たちは花園予選のベスト4になったのに、僕らの代は15人が揃わない・・・。チームで試合もできず、モチベーションがなくなって、楽しさを感じられなくなりました。ラグビーは辞めるつもりでした」
人生の転機は「もうひとつの花園」だった。
少人数校の高校生に聖地・花園に立つ機会を——そんな志から2008年度よりスタートしたU18合同チーム東西対抗戦(通称「もうひとつの花園」)は、花園第1グラウンドで決勝戦前に行われる。
中川はセレクションに合格し、2014年度の同大会で花園のピッチを踏んだ。やっぱりラグビーは楽しい。聖地を駆けながら、冷めていた情熱にふたたび火がともり始めた。その試合後、同会場で行われた第94回大会決勝戦「東福岡×御所実」を観客席から眺めた。
目を奪われた。レベルが違う。火の勢いが増した。
「花園決勝の前に試合ができて、やっぱりラグビーは楽しいと思いました。その直後に東福岡と御所実の決勝戦を見ました。全然レベルが違うと思ったんですが、そこで『俺じゃ無理だ』ではなくて、純粋に『このレベルでやってみたい』と思ったんです」
歯科医の父を追いかけるつもりだったが、「もうひとつの花園」が岐路になった。歯学部を受験し、合格通知を受け取ってもいたが、合格したと報告する前に両親に「強豪大学で、ラグビーを続けたい」と伝えた。
後押しをもらった中川はニュージーランドへの長期留学をへて、1年遅れで日体大へ進学。4年時には慶大から11年ぶりの対抗戦勝利を挙げるなどし、社員選手として2020年、Hondaに加入した。
加入の決め手はHondaの温かい雰囲気。大学時代に練習参加した時は、帝京大卒のFL古田凌が親身にサポートしてくれた。
「練習に付き添ってくれた古田さんが優しく接してくれて、Hondaの雰囲気が伝わってきました。Hondaはチーム全体がファミリーというか、新人がやりやすい環境だと思います」
SH山路健太、CTB森川海斗、WTB生方信孝——いろんな先輩が気さくに話しかけてくれて、良いムードを作ってもらえていると中川は言う。
そんな温かいチームだからだろう。「もしコロナ禍が明けたらやりたいこと」を訊ねられると、中川は「先輩たちと飲み会をしたいです」と笑った。
「まだ一度もチームで飲み会ができていませんし、そうした会でのコミュニケーションも重要だと思うので」
中川にとって大学同期のトップリーガーはもう一人いる。主将を務めた石田大河で、なんと石田もNTTコミュニケーションズのフルバックとして開幕節に先発した。いきなり同期対決が実現し、日体大から約60人が応援に訪れた。
スポットライトを全身に浴びた記念すべきトップリーグデビュー戦は、前半34分に脳しんとうで途中交代となった。ほろ苦さも残ったが、誇らしさの方が上回っている。
「僕は15人が揃わなかったチームの出身。同じ環境にある子たちには、『絶対に誰かが見ているし、チャンスがあるよ』と伝えたいです。『いくらでも取り返せる』『いくらでも超えていけるよ』と」
ポリシーは「愚直さ」だ。上手に自分をアピールできる性格ではないから、地道にやっているところを見てもらうしかない。そして見てもらっていたからこそ、開幕節の先発デビューがあった。
自分を信じて本当に良かった。これからもラグビーを通して伝えていきたい——。いくらでも取り返せる。いくらでも超えていける。