敗戦も異彩放った慶大・山本凱。9月には日本代表経験者・布巻峻介から指導も。
再三、ピンチを救った。
10月4日、東京・秩父宮ラグビー場での関東大学対抗戦Aの初戦。慶大のFLで先発の山本凱は、筑波大の多彩な攻めを一撃で寸断する。
5点を先取して迎えた前半10分頃には、自陣22メートル線付近右の自軍スクラムから飛び出してこの日2トライを決める相手FBの植村陽彦に突き刺さる。両足を締め上げ、なぎ倒す。
植村の持つ球へ味方LOの相部開哉主将が絡んだことで、筑波大のノット・リリース・ザ・ボール(寝たまま球を手放さない反則)を引き出す。山本のタックルが窮地をしのいだ。
5-10と5点差を追う32分頃には、自陣22メートルエリア中央でジャッカル。筑波大のルーキーとして活躍したCTBの谷山隼大を相部が倒したところへ、すかさず反応した。筑波大の援護役にぶつかられても腰を落としたままで、ここでもノット・リリース・ザ・ボールを誘った。
いずれの場面でも直後に慶大のミスや反則があったうえ、試合は筑波大が30-19で勝っている。それでも山本の好守は、社会情勢で枚数の制限されたチケットの価値をさらに引き上げた。
他大学のコーチや日本代表経験者にもファンがいる身長177センチ、体重96キロの大学3年生は、コロナ禍で迎えた2020年シーズンも強靭さを保つ。
「卒業してトップリーグで早いうちにもアピールして、いろいろと絡めればいいです。日本代表とかにも」
昨春頃にはこう語っていた山本は、現在も卒業後のトップリーグ入りを目指す。複数企業の採用担当者とコミュニケーションを図っているようで、当面は社員採用を希望。日本代表定着が視野に入れば、プロ転向も考えるという。
この人の資質をおそらく本人以上に評価する1人が、慶大の栗原徹監督だ。現役時代に日本代表として2003年のワールドカップに出た栗原は、ヘッドコーチの肩書だった昨季からこう期待していた。
「今年(2019年・当時)のワールドカップ日本大会には間に合わなかったとしても、山本は2020年から代表に入るべきだと思っています。多くの子たちが順番待ちというか、呼ばれるのを待っているイメージですが、彼は自ら手を挙げて『代表に行きたい!』と大きな声で言える。それに値する努力と、結果を示して欲しいと思います」
山本は国際舞台に強い。神奈川の慶應高3年時に2017年度の高校日本代表へ入り、19歳以下アイルランド代表に勝利。活躍が認められ、まもなく若手主体のジュニア・ジャパン、20歳以下日本代表に飛び級で参加した。劣勢の試合でも接点へしぶとく絡み、相手の勢いを鈍らせた。
慶大では、体育会系部員の代表活動による授業の公欠が認められない。そのため山本も、昨夏の20歳以下日本代表の活動は参加を取りやめた。ただし、それ以前に世界における自分の立ち位置を相対化できた。
20歳以下日本代表としてニュージーランドの同世代代表と激突しながら、ぶつかり合う力は互角だったと分析。「外国人は、誰かが抜けた後のボールキャリーへの(サポートの)加速がすごい」とし、日ごろの鍛錬で彼我の差を埋めたいと語った。
「自分も加速してプレーに参加できるようになりたい。ただ、それをいざ試合中にやろうと思っても身体が動かない。練習中も加速を意識してやっていこうと思っています」
今春は神奈川・日吉の寮で籠城生活。室内での筋力トレーニングとけがを予防するためのストレッチ、ひとけの少ない時間帯のランニングで基礎体力を維持した。
寮の前のグラウンドを使えるようになった7月以降は、「基本的なことにこだわってきました。ディフェンスなら前に出る、身体を当てる…」。さらに9月には、山本にとって7学年上の名FLから指導を受けた。
練習場に訪れたのはパナソニックの布巻峻介。山本とそう変わらぬ体格ながら昨秋のワールドカップ日本大会での日本代表入りに迫ったハードな職人は、学生たちに前へ出て守る意識や2人目でタックルに入る選手の姿勢、得意技のジャッカルのいろはを伝授する。山本は「尊敬している選手に教われた」と喜んだ。
「布巻さんは昨季も一度、来てくださっていて、(今回が)2回目。この時も事前に慶大の試合の映像を観て下さっていて、『前に出てプレッシャーをかけるディフェンスができていない』とまずはしっかり前に出る(意識を伝えられた)」
さらに心に残ったのは、ジャッカルを決めるための予備動作の話だ。自分が下敷きにならぬ形でタックルを放ち、相手を向こう側へ倒す。その流れで起き上がり、球へ食らいつくのが理想。とにかくジャッカルを決めるには、味方とともにジャッカルを狙いやすいシチュエーションを多く作りたい。
名手の知見を血肉にした若き黒子役。次戦以降も淡々と獲物を狙い、その仕事ぶりを今季初白星につなげたい。