コラム 2019.08.23

【コラム】隠れた英雄になりうる人よ

[ 藤島 大 ]
【コラム】隠れた英雄になりうる人よ
2015年イングランド大会。アメリカ戦後のひととき。後列右から4人目が湯原(撮影:早浪章弘)

 たぶん、しらっと、フロントローの並びの真ん中に帰ってくるのでは。そう思った。いまも思う。東芝ブレイブルーパスのあの「2番」である。湯原祐希。本年4月、チームのアナウンスがあった。「アシスタントコーチに就任」。ただし正式な現役引退ではない。

 先の8月3日。東芝の元日本代表、ユーティリティーFWの望月雄太、SHの吉田朋生両氏とともに、東京・調布駅前で、パシフィック・ネーションズカップのジャパンートンガのパブリックビューイングの進行解説をした。あれは打ち合わせのときだったか、試合中か、ともかく望月さんがこう言った。
「湯原、スクラムはいまでもいちばん強いですよ」
 そうだろうな。35歳。円熟も円熟。自由自在の境地に達しているのではあるまいか。コーチングとは自分をコーチすることでもあるので、あれだけのスクラムの駆け引きの達人が、さらに、アートにしてサイエンスにしてレスリングの秘訣、奥義をつかんだ可能性は否定できない。

 この職人にして名人の存在をワールドカップが近づいたのであらためて強く認識した。4年前の大会の「隠れた英雄」、それが湯原祐希(現役登録の可能性があるので敬称略で)なのだから。スコッドにあって、当時は東芝の廣瀬俊朗とともに出場機会はなかった。南アフリカ代表スプリングボクスを破る「スポーツ史上のアップセット(番狂わせ)」。さっそく子どものまねした五郎丸歩に限らず、ほとんど1日にして、チームそのものがヒーローとなった。廣瀬前キャプテンには、縁の下のリーダーのイメージ(もちろん実相でもある)がともない、複数ポジションをこなすこともあって、あえて出番なし、というストーリーは、当人の心情とは別のところで、成立しえた。

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