【ラグリパWest】東海大、関西でつまずく。
その創部は1963年(昭和38)。大学選手権の決勝には3回進出している。すべて帝京大の9連覇と重なり、退けられた(46回=13−14、52回=17−27、53回=26−33)。
木村の口から、明治、帝京という名が出たのはそのためだ。
まだ、大学の覇権は奪取できていない。
今春、慶大戦も含め、これまではおおむねよかった。6戦4勝1敗1分。明大には24−40で敗れたものの、帝京大には31−26、早大にも40−36で競り勝っている。
トンガ出身のテビタ・タタフとアタアタ・モエアキオラは卒業した。ナンバーエイトはサントリーに、センターはチーフスと神戸製鋼に去った。ともに、日本代表キャップを3ずつ持っている。
「大駒は抜けましたが、その分、みんなが危機感を持ってやってくれています」
試合前まで、木村に憂いはなかった。
この定期戦は1年ごとに平塚と東大阪を行き来する。
西下する場合はバスで前日移動。選手たちは関西出身者の家に分宿する。木村はB戦も含め、メンバーにはいわゆる「ご当地選手」を優先的に選ぶ。1日ではあるが、家族とのだんらんを楽しめるようにとの思いがある。
「大前提として大人として扱っている。自分のことをちゃんとコントロールできないのか?」
体育学部の教授でもある木村は教育者らしく、切り替えの重要性を説いた。
配慮が裏目に出たのなら、これからはやり方を変えていかねばならない。ただ、管理が行き過ぎると、判断に直結する自主性が育たない。それも理解している。
学生を教え、導くのは難しい。
緊急ミーティングは、試合直後には異例の長さ、20分ほど続いた。
「チャレンジャーは常にチャレンジするんだよ。だから、チャレンジャーなんだよ。隙を作ったら勝てないんだよ。すべてが甘い。何か勘違いしていないか」
試合後、両校の健闘を称え、親睦を深めるアフター・マッチ・ファンクションがあった。学内の食堂に木村の姿はなかった。
向かった先は吹田(すいた)市の病院。6月16日、襲撃を受け、入院する巡査・古瀬鈴之佑(こせ・すずのすけ)を見舞うためだった。
古瀬は木村の教え子だった。
■先発メンバー■
【東海大】
1黒田宗平(獨協埼玉③)
2田中煕(伏見工②)
3中野幹C(東海大仰星④)
4中村匡汰(東海大相模④)
5小池隆成(東京②)
6ノア・トビオ(札幌山の手②)
7今井大貴(東海大仰星③)
8吉田大亮(東海大仰星③)
9山菅一史(東京④)
10塚野武(京都成章④)
11千葉真之亮(仙台育英②)
12杉浦拓実(東京③)
13依田朋己(深谷④)
14林隆広(石見智翠館②)
15酒井亮治(東海大相模②)
【近大】
1紙森陽太(大阪桐蔭②)
2山口翼(大阪桐蔭③)
3松岡将大(近大附④)
4坂上知志(愛媛・三島③)
5積博志(大阪桐蔭③)
6宮本学武(近大附②)
7山本秀(京都成章②)
8酒井秀章C(春日丘④)
9北砂渓翔(近大附③)
10河井優(日本航空石川②)
11今住拳矢郎(東福岡③)
12福山竜斗(天理②)
13中辻眞大(報徳学園③)
14宮宗翔(大阪桐蔭②)
15中洲晴陽(筑紫②)
※両チームの選手名のうしろのCはゲームキャプテン
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