国内 2018.11.21

ティム・ベイトマンが語る深呼吸の意味。リコーの神戸製鋼撃破に働く勘。

ティム・ベイトマンが語る深呼吸の意味。リコーの神戸製鋼撃破に働く勘。
統率力があるティム・ベイトマン。写真は9月のコカ・コーラ戦から(撮影:Hiroaki.UENO)
 確認を怠ったまま電子メールを送信すると、誤植に気づかないことはないか。物事は落ち着いて取り組んだ方がいい。逆に、落ち着くための方法論が体系化されていたら、世の中を上手に泳げそうだ。
 ラグビーでも然りだ。向こうの防御が整わぬうちに勢いづいてトライを取れることもあれば、ミスボールを相手に拾われてそのまま失点することもある。ここでチームが地に足をつける方法を持っていれば、目に見えない「流れ」に左右されづらくなろう。
 国内最高峰トップリーグのリコーでは、その技法が確立されている。トライを取った時、トライを取られた時、円陣を組んだ選手が深呼吸をするのだ。ゆっくり、ゆっくり。息を整えたら、以後留意すべき点を改めて話し合う。
 発案者は今季新加入のティム・ベイトマン。31歳のニュージーランダーで、2018年のスーパーラグビーを制したクルセイダーズの一員だ。
 過去にはマオリ・オールブラックスの選出経験、日本のコカ・コーラへの加入歴も持つ。複数ポジションをこなせる万能型BKで、ベストポジションのCTBに入ればBKライン全体の深さを微調整しながら効果的なラン、パスを繰り出す。
 そのパフォーマンスでもチームを引き上げつつある31歳のシニアプレーヤーは、周りのパフォーマンスを引き上げる取り組みでも仲間に一目置かれている。そのひとつが、深呼吸の提案だった。本人は言う。
「何度か深呼吸をすると、心拍数が下がってよりよい判断ができるようになる。すると落ち着いて、よりよいメッセージも出せる。修正点や学ぶべき点をしっかりと話せます。次のタスクもクリアに整理できる。互いの話もクリアに聞けます。いろいろなことが起きている試合中に改めて皆がコネクトするには、すごくいい方法だと思います」
 この手法はベイトマンのスーパーラグビーでのプレー先であるクルセイダーズ、ベイトマンの母国の代表チームであるオールブラックスでも採用されているという。
 そういえば今季から主将となった3年目の濱野大輔は、同じCTBに入る新助っ人に「練習中からコミュニケーションを密に取ってくれるのでディフェンスもしやすい。グラウンド外での取り組みにも素晴らしいところがあり、選手にいい影響を与えてくれる」と感謝していたものだ。10月までのレギュラーシーズンでは、序盤こそ既存選手と新外国人との連係が整わずやや苦戦。しかし第6節で、昨季準優勝のパナソニックを撃破。右肩上がりで調子を上げている。
 ベイトマンは、深呼吸の話をさらに続ける。
「たまたまやってみてよかったからしているのではなく、科学的にいいと証明されているんです。呼吸は誰しもがすることですが、ゆっくりと自分でコントロールして呼吸をすると、身体に『ストレスがかかっていないよ』というサインを送れます。また、それを皆でやるということに意味がある」
 11月17日、神奈川・ニッパツ三ツ沢球技場。トップリーグで今季から新設されたカップ戦のプール第2節に挑んだ。相手はリーグ2連覇中のサントリーだった。
 カップ戦は若手育成の場とするように奨められているが、チームによっては12月2日からの順位決定トーナメントを見据えてメンバーを選ぶ。
 レギュラーシーズンでホワイトカンファレンス4位になったリコーは、1〜8位トーナメント1回戦でレッドカンファレンス1位の神戸製鋼と対戦する。NTTコムとのカップ戦プール第1節こそ「ゲームタイムの少なかった選手」も多く出場させたが、王者とぶつかるこの日は「現時点でベスト」の陣容を敷いたと神鳥裕之ゼネラルマネージャー兼監督。ベイトマンはアウトサイドCTBで先発する。
 10−14で惜敗。ベイトマンは好機でのミスを悔やみながら、収穫があったとも強調した。
「ディフェンスでサントリーにプレッシャーもかけられ、エナジー、情熱も示せた。ただ、コネクトするのがゆっくりだった。大事なところでミスをして、そのミスが続いてしまった。神戸製鋼戦に向け、学ぶべきことが多かったと思っています」
 クラブに落ち着きをもたらす戦士は、大物食いに向けていい準備ができたと考えている。対する神戸製鋼には、元ニュージーランド代表コーチのウェイン・スミス総監督、元同代表SOのダン・カーター、元同代表SHのアンドリュー・エリス共同主将が揃う。
「アンディ、ダンともクルセイダーズでともにプレーしてきました。彼らのことはよく知っています。スミスはすごく頭のいいコーチで、神戸製鋼の選手のこともよく把握している」
 涼しげな表情で語るベイトマンは、「おそらく神戸製鋼は、僕たちの弱点を突く。そう思った方がいいです。なぜか。それは神戸製鋼に頭のいい選手が多いから」。向こう側に知った顔が揃うとあって、想像力が働く。こう展望した。
「リコーの強み、弱みを分析してくると思います。だから、僕たちはいまある問題を改善し、神戸製鋼がいままでに見たことのないリコーでいなければいけないです。きょうのサントリー戦でのチャレンジは、そこにもありました。神戸製鋼戦に向けて見せたくないものもいくつかあったので、その意味では、きょうは少し難しい試合になったとも思います」
 例えば、当日使用する予定のサインプレーがあったり、看板たる防御の出足をあえて一本調子にしたりしていたのではないか。ベイトマンは「ラグビーの試合はチェス。相手に反応するのではなく、相手より先に仕掛けないといけない」と不敵に笑った。
 大きく息を吸って、吐いて。大一番に向け、淡々とすべきタスクを確認する。
(文:向 風見也)

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