コラム 2018.04.19

近鉄、トップリーグ復帰へ向け始動。

近鉄、トップリーグ復帰へ向け始動。
初のチーム練習をする近鉄。中央でエンジのウインドブレイカーを着ているのが
有水剛志新ヘッドコーチ、その右がLO松岡勇、さらに右がニック・スタイルズ新FWコーチ
 近鉄ライナーズのスローガンは「TRUST」(信頼)に決まった。
 4月16日、新チームが始動する。
 10シーズン戦ったトップリーグから自動降格した。1月13日、NTTドコモに13−21で敗れ、最下位16位が決定する。
 あれから3か月が経過した。
 午前10時からの初ミーティング。チームナンバー2である部長の中川善雄が言った。
「今年の借りは、今年中に返しましょう」
 見据えるのは8か月先。12月13日の入替戦だ。「勝利」は絶対である。
 トップチャレンジを1年で抜け出すため、近鉄は改革に大きく舵を切った。
 グラウンドレベルの責任者、ゼネラルマネジャーに採用担当だったOB飯泉景弘を抜擢する。その下で指導を落とし込むヘッドコーチに有水剛志がついた。
 チームの再生は、今年45歳になる同じ年の日本人コンビに託される。
 前任時代、数々の指導者を目の当たりにした飯泉が、これまで近鉄と接点がなかった有水を重要ポストに引っ張った。理由はある。
「パナソニックなどでき上がっているチームはシステムを入れたら機能します。でもウチはダメ。細かいスキルができていません」
 スキルという大くくりの中にはラグビーへの向き合い方や日々の生活も含まれる。
「細かいところまではっきり言えるのは有水だと思いました。彼は理屈をしゃべれて、プランを作って、実行できます」
 2人の間には「TRUST」がある。
 有水はコーチとして母校の早稲田大で4年、U20日本代表で2年、ヘッドコーチとして女子15人制日本代表で4年のキャリアはある。
 しかし、トップの社会人は教えていない。
「経験としての不安はありません。ただ、新しいことを始める不安はあります。でも、それはなんでもそうだと思います」
 階層の違いは意に介さない。
「学生の方がよっぽど面倒くさいです。マインドセットから始めないといけません」
 社会人は考え方の基本的な枠組みを示す必要はない、との見方を示した。
 午後3時、初の全体練習が始まる。「花園第2」と呼ばれる緑の天然芝グラウンドには、中国大陸からの黄砂が舞う。東にそびえる生駒山は春の日差しの中、黄色にかすむ。
 飯泉と有水は選手たちの動きを黙って眺める。FWは昨年、スーパーラグビー・レッズのヘッドコーチをつとめたニック・スタイルズ、BKは2年目のスティーブ・ミーハンが担当する。咋シーズンで現役引退した佐藤幹夫はアシスタントコーチ、SO重光泰昌はプレイングコーチになった。
 有水は、コーチに不可欠な「見る」をやめ、一度だけ練習を止めた。4人が横に並び、パスで10メートルほどを行き来していた。
 飯泉が解説する。
「見ましたか? あれはボールの行方を目で追わない選手がいたから。彼は、そういうところをきちっと見ているんです」
 リリースしたら終わりではない。大切なのは楕円球の後の動きだ。形ではなく本質。漫然としたトレーニングは許さない。
 CTBだった飯泉は帝京大、LOだった有水は一浪入学の早稲田大を卒業後、日本国土開発でチームメイトになる。2年ほどで会社更生法の適用に向け、クラブが消滅した。転職後もつきあいは途切れなかった。
 LO松岡勇には指導陣への「TRUST」が芽生える。ラインアウト練習を振り返る。
「リフターが、ジャンパーの太ももをつかむ時、指をもっと内側に入れなさい、と教えられました。今まで言われたことがありません。いい感じです。これからの指導が楽しみです」
 中側をつかめばグリップの強さは増す。
 松岡は近鉄一筋12年目を迎えた。コーチ兼任の重光、LOトンプソンルークを除きチーム最長だ。この5月で34歳になる。
「もう一回、トップリーグでやりたいですね」
 近鉄バスで精算業務を担当する社員選手からはつぶやきがもれた。
 新卒の新人、FL野中翔平には年長者への「TRUST」がある。関西学生代表にも選ばれた同志社大の前主将は話す。
「トップリーグだったから入った訳ではありません。素晴らしい先輩たちがいる所でラグビー人生の最後を送りたかったのです」
 大学院進学も考えていた時、熱心に誘ってくれたのは近鉄のOBであり、現役選手だった。太田春樹は同志社大コーチ、SO野口大輔は東海大仰星高、FL田淵慎理は同志社大のそれぞれ上級生にあたる。
「ひとつでも多く試合に出たいですね」
 その活躍で恩を返したい。
 過去のリーグ戦でチームディレクターの吉村太一はスタンドから言葉を発した。元SOは近鉄ナンバー1の洞察力を誇る。
「ほかの選手を信用できないんでしょうね。だから飛び出してしまうんでしょう」
 従順なCTBアンソニー・ファインガが強烈なタックルに行く。しかし、できたラインのギャップから突破を許してしまった。
 ファインガはオーストラリア代表キャップ23。世界的な防御力を持つ選手が悪いのか、出させた方が悪いのか…。いずれにしても、そこに「TRUST」はなかった。
 飯泉、有水ともに家族を東京に残して、大阪に単身赴任で来た。2人の間の「TRUST」を西の名門全体に押し広げたい。
 歴史に裏打ちされた注目度は依然として残る。ミーティングには、NHKと朝日放送(ABC)2社のテレビカメラが入った。
 近鉄ラグビー部ができたのは1929年(昭和4)。来年2019年は日本での初のワールドカップ、そして創部90年になる。
 これまでの優勝はトップリーグの前身である全国社会人大会8回、日本選手権3回。
 その栄光を取り戻す初年にしたい。
(文:鎮 勝也)

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