コラム
2017.09.05
初ものづくしが勝利を呼ぶ。NTTコミュニケーションズ SH湯本睦
高速SH湯本睦。シャイニングアークスの新たな武器。(撮影/阿部典子)
生まれ育った関西での試合は、新人・湯本睦(あつし)にとって、トップリーグにおける「初もの」づくしになる。
出場、先発、得点、トライ。
NTTコミュニケーションズのSHは、36−10と近鉄に快勝する力になった。
「デビューした試合で、勝ててうれしいです。よろこびが沸いてきます」
16時キックオフの一戦は奈良・橿原公苑陸上競技場。はまったように初開催だった。
最大の見せ場は10−10の後半16分。敵陣ゴール前でラックサイドがぽっかり開く。そこを目がけて飛び込んだ。
「早くパスを出そうと思ったけど、相手の動きが激しく、スローダウンしました。その時、サイドが空いているのが見えた。持ち出して、トライできてよかったです」
15−10。結果的に決勝トライになる。アウエーのため着用したセカンドジャージーの山吹色が、夕日のオレンジと溶け合って輝いた。
この時の起点は、PKからの湯本のタップキックだった。日本代表のSO小倉順平がPGを狙える位置だったが、構わず持って行く。
「常にチャンスなら仕掛けていこうと思っていました。いい形で行けてよかったです」
CTBブラッキン・カラウリア ヘンリーがすぐに反応。クロスでボールをもらい、ゴール前まで持って行く。所属6年目の29歳は、23歳の湯本の動きをわかっていた。
この勝負が決まる一連の流れは、湯本で始まり、湯本で終わる。
試合後、53歳のヘッドコーチ、ロブ・ペニーは「すごい」と握手を求めた。
チームは今季2勝目、勝ち点10としてレッドカンファレンスの4位をキープ。3位のトヨタ自動車に勝ち点1差に迫る。
2敗目を喫した近鉄首脳はうめいた。
「あの積極性はウチにはない」
湯本と近鉄は因縁浅からぬ関係だった。
ホームの花園ラグビー場から歩いて3分ほどの英田(あかだ)中出身。その後、東海大仰星高から東海大に進む。U20日本代表に入った逸材は最初、近鉄入りを考えた。
「地元だし、大輔さんや井波さん、一馬さんと一緒にやりたい気持ちはありました」
近鉄にはSO野口大輔、CTB井波健太郎、FB宮田一馬と高校、大学の先輩が3人いた。
しかし、シャイニングアークスは採用担当の佐藤元太を中心に猛アタックをかけた。
スキルコーチの栗原徹は高校時代から湯本を高く評価していた。
「高2の時、テレビで見ていて上手だなあ、と感心しました。彼だけ空の上から試合を見ているような、鳥瞰図(ちょうかんず)のような感じでした。それから注目していました」
主にFBとして日本代表キャップ27を持つ39歳は、飛ぶ鳥の眼で立体的に描かれた図法でうまさを表現する。湯本はグラウンドを三次元的にとらえ、今回のようにほころびを突ける素養を備えていた。
東海大仰星高監督、東海大テクニカルアドバイザーとして湯本の恩師にあたる土井崇司(現東海大相模高総監督)は振り返る。
「大学に入って、自分でチーム全体を動かせるようになりました。試合が終わったら、その日のうちに撮ったビデオを借りて来て、どこに穴があったのか、どういうディフェンスをすればよかったのか、ということを常に考えるようになりました」
高校、大学の7年が自分自身に磨きをかける。
最終的にNTTコミュニケーションズを選んだのは、未来に向けた明るさだった。
「チームとして上を狙えるところでチャレンジしたいという気持ちが強くなりました」
昨季のリーグ戦は5位。参加7季目にしてクラブ史上最上位になる。希望に近づく成績だった。
湯本はプロではなく、社員採用だ。アプリケーション&コンテンツサービス部に所属。千葉から地下鉄東西線、都営浅草線を乗り継ぎ、都内田町のオフィスに出社する。
「通勤ラッシュが大変です」
苦笑いを浮かべながらも、トレーニングは怠らない。164センチと小柄ながら、ベンチプレスは大学時代より20キロ増の140キロを差し上げるようになる。
2歳上のSH光井勇人のケガで出場機会を得たことや、今季リーグ13戦中、関西で唯一の試合がデビュー戦になったことを考え合わせれば、努力だけではなく、成功に不可欠な運の強さも持っている。
栗原は笑って話す。
「僕の中では、湯本を中心に、これからのチームのストーリーが展開していく感じがしています。もちろん、小倉もいますが、彼はもう出来上がっているのでね」
湯本は言う。
「ここからがスタートです。これからもチームに貢献していきたい。小倉さんの好きなタイミングでパスを出してあげたいです」
2歳上のエースをしっかりと立てる。試合と同様、人間関係も見えている。その上で見据えるのは「初優勝」の3文字である。
(文/鎮 勝也)