国内
2016.09.26
中学生も社会人も指導し、ラグビー人気復活に頭使う。「ミヤッキー」の冒険。
9月24日、東京の秩父宮ラグビー場。トップリーグ下部にあたるトップイーストDiv.1の三菱重工相模原との試合で、セコムは0−62と敗れた。開幕3連敗。
「僕がまた秩父宮の芝を踏めるのは君たちのおかげで、感謝している。ただ、白線の向こう側でプレーできるのは君たちだけ。逆に、どんだけきつくても白い線からは出られない。いろんな感情を踏まえて、80分を過ごしてくれ」
大雨に濡れた選手にこう伝えたのは、今年4月からBKを指導し始めた三宅敬スペシャリティコーチだ。低いタックル、敵陣の深い位置へのキックで活路を見出そうとしたが、壁は壊せなかった。
シーズン開幕後も週に2回と限られた指導時間のなか、自らの思いを具現化させられなかったと悔やんだ。
「自陣でのアタックより敵陣でのディフェンスを…。大きな画で観たら、そうした方がいいかな、と。でも、向こうはさすがです。打ち合いには慣れています」
2007年度のトップリーグに加わっていた三菱重工相模原は、復権を期す今季も補強に意欲的。この日はSOハミッシュ・ガード、CTBニコラス ライアンら、8人の海外出身選手をメンバーに入れていた。
一方でセコムは、多くの選手は夜間の警備勤務に従事するなど、練習時間や環境は限られている。「春から積み上げたものを(その都度)スモールチェンジしながらやっています。相手のどこが脅威かを踏まえ、自分たちのやってきたもの(プレー)のどれのシェア(重視する度合い)を多くするか…」と全力を誓う三宅コーチは、ただただ反省しきりだ。
「相手のやっているラグビーは、それほどややこしくはない。ただ、セコムが自分たちで『うわ、ハミッシュ・ガードだ、ニコラス ライアンだ…』とややこしくしてしまった。自分たちでパニックをして、自分たちで失点して…。そうさせる三菱重工さんのパワーも凄かったんですけど」
現役時代は京都・伏見工高、関東学院大、パナソニック(2010年度まで三洋電機)でプレー。ボールを持たぬ際のポジショニングで魅せた。2015年の引退まで日本代表入りを経験し、穏やかな人柄から若手のよき相談役でもあった。
愛称は「ミヤッキー」。引退後はNPO法人・ワイルドナイツスポーツプロモーション(W.K.S.P)を立ち上げるなど、グラウンド内外での競技普及活動に力を砕いていた。W.K.S.Pでは代表理事として中学生の指導にも携わっていて、「ラグビーの基礎的なことに関しての伝える内容は、中学生相手でも大人相手でも変わらない。相手によって伝え方が違うだけであって」と話す。
「新しいドリルをするのではなく、そのドリルの役割を明確にするのがコーチング。中学生を教えることがセコムに活きているし、その逆もあります。上手くリンクできて、楽しいですね。成長させてもらってます」
群馬県太田市のパナソニックのグラウンドへは、いまも顔を出す。W.K.S.Pのラグビーアカデミー開催が主目的だが、チームの相馬朋和ヘッドコーチ、水間良武FWコーチ、スーパーラグビー(国際リーグ)のサンウルブズでもアシスタントコーチを務める田邉淳BKコーチには、セコムのスペシャリティコーチとしての相談も持ち掛けている。
「パナソニックでの選手としての経験値は、あまり語りたくないんです。あくまでコーチ目線で考えていく。田邉さん、水間さん、相馬さんと、身近にいい教科書がいる。自分なりの答えを用意しながら質問をぶつけ、田邉さんの答えが自分のものと一緒の時は『間違ってなかった』と自信を持てる。そういう答え合わせができるのは僕にとってのプラスですし、きっとセコムもそうしたこと(強豪クラブのコーチングスキル)を求めている」
心配事は、他にもある。昨秋のワールドカップイングランド大会で日本代表が3勝し、前年度の観客動員は激増。もっともいまのスタンドは、一大ブームが起きる前に逆戻りした感がある。空席の目立つ状況を、三宅も残念に思っている。
「選手、協会(統括団体の日本ラグビー協会)ではなく、OBにできることがきっとある。単純に、ラグビーの試合も、『スタジアムなかのひとつのイベント』と考えるようになれたら、と。グラウンドのなかだけで盛り上げるのではなく、スタジアムを盛り上げる。応援しているチームが負けても、『美味しいものを食べられたな』と思えるようにしたり…。協会の方へもそうした話をしているのですが、返ってくる答えは『なかなか難しいんですよ』と。難しいのはわかりますけど…」
9月22日に発足した日本プロバスケットボールのBリーグ初戦がテレビ中継されたのを観たら、9000人もの観客を集めた国立代々木競技場第一体育館がきらびやかに光っていた。改めて、提言を重ねる。
「あのBリーグだって、きっと裏ではいろいろな苦労があると思う。ただ、華やかな様子がテレビで映っていると、『観に行ってみよう』『あそこでプレーしたい』という気持ちが生まれる。それで、成功なんです。観客がいないことには、選手が報われません。僕に何かお手伝いできることがあれば、手を取り合ってやりましょう、と。責任の所在を探しているのであれば、それは皆でシェアすればいい、と」
もっと楽しいスタジアム作りを、もっと競技の魅力の発信を。2019年のワールドカップ日本大会に向け、あるべき姿を取り戻したいという。
一方、コーチとしては…。
「セコムの選手は、こちらの言ったことに対してすごく素直。僕が言葉さえ間違えなければ、プラスに持っていける自信はある。ただ、グラウンドレベルで答えを出す(自発的に問題を解決する)というあたりが発展途上。普段の練習から、選手たちに考えさせるような状況を作っていきたい」
いくつものわらじを正しく履き、日本ラグビー界の底力を高めたい。
(文:向 風見也)