コラム 2016.08.07

「緑の中でラグビーに取り組む」 兵庫県立農業高校

「緑の中でラグビーに取り組む」 兵庫県立農業高校
 取材後に楕円仲間で写真を撮りました。
 なんか、酸っぱい臭い。
「あれはなんですか」
 後方の赤茶色い建物を指差します。
「厩舎ですね」
 体育教員でラグビー部部長の岡本武司さんが答えます。その名刺には「おかもっちゃん」、「石橋はたたかず渡れ」と書かれています。
 兵庫県立農業高校、通称「県農」(けんのう)は県西部の加古川市にあります。
 敷地の広さは甲子園球場4個分。農業、園芸、動物科学など7学科に分かれて学びを深めています。校内では牛、馬、豚、羊、鶏などを普通に見かけます。
 この時期ならトマトやきゅうりなど野菜、ぶどう、桃、すいかなどの果物、乳製品、卵、鉢植えの花などが作られています。品ぞろえはその辺のスーパーに負けません。毎年11月、収穫祭にあたる「県農祭」では、安くて高品質の生産物を求め1万人が並びます。
 ビロードのように濃い紫色のぶどうの甘さは天下一品。舌の肥えた6歳女児のさおりちゃんは大玉をせっせと口に運びます。
 県農の学校創立は1897年(明治30)。来年120周年を迎える県内最大の農業高校です。そこにもラグビー部はあります。
 創部は1951年(昭和26)。県内最多41回の全国大会出場を誇る報徳学園よりも1年早く部ができました。今年66年目。残念ながら全国大会や春の近畿大会には出ていません。
 主将は磯野誠也君(3年)です。中学時代はバドミントンをしていました。高校入学後に先輩の勧誘でラグビーを始めます。
「めちゃめちゃ楽しいです。当たって、抜けた時はすごく気持ちがいいです」
 180センチ、92キロのPRはニッコリ。
 ただし、午後4時から6時までの練習には不利があります。岡本さんは言います。
「放課後は動物や植物の世話、それに実習のため全員がそろいません」
 現在の部員は15人(3年6人、2年5人、1年4人)。普段はその半数程度です。そのため、朝7時29分に始まり、40分ほど続ける朝練習にみんなは集まります。
「30分スタートではないのですか?」
「そこがこだわりです」
 意味がよく分かりませんが、岡本さんは笑っているし、まあいいか、って感じです。
 磯野君は話します。
「人数が集まらない分、逆に言ったら、大きい学校にはできん練習ができます。例えばたくさん体を当てたりとかですね」
 磯野君は農業科で勉強しています。就職は塗料系の会社を希望しています。
「家が米農家なんで、お父さんの手伝いをするためには、土、日が休みの会社でないとできません。農業は好きです。小さい頃から手伝っているけど、苦になりません」
 手のひらを広げたくらいの長さの稲が、緑を濃くしながらぐんぐんと大きくなる。そして黄色に変わり、穂が実り、刈り入れる。
「稲の成長を見るのが楽しいです。人間はウエイトしても大きくなり方が分かりにくいけど、稲はすぐに伸びます。分かりやすい」
 磯野君は自身の成長も感じています。入部時、70キロでダウンしていたスクワットは105キロを上げられるようになりました。
 部員たちの練習を見守るのは54歳の岡本さんです。昨年度まで監督で、その座を教え子で体育教員である小林敦さんに譲りました。早稲田大では競走部(陸上)。10種競技をやり、4年時には主将をつとめました。その後、わざと留年してラグビー部に入りました。
「6万人の大観衆の中でやる早明戦を見て、やってみたいと思いました」
 1年生扱いでしぼり(新人練習)やボール磨きなど下働きを経験します。2年目、1986年のシーズンはLOとして東京大や立教大戦に出場しました。あだなは「おかじい」。当時の写真は、ほおと頭に白いカーゼが張り付けてあります。
「素人なんで、キックオフにかけていました。ボールだけ見て突っ込んでました」
 181センチ、84キロの体を2年間、アカクロに捧げました。そして教員の道へ。
「自分の思い1つで人生は作られる、ということを実感しました」
 スキンヘッドに太いまゆ、どちらかというと細い目は修行僧のようです。それでも、自分が経験したきつい練習を課しません。黙って部員の動きを見ています。
「まずは面白さを知ってほしいんです」
 県農は昨年、単独チームで全国大会県予選に挑みました。しかし、1回戦で岡本さんの母校である加古川西に0−71で敗れました。今年は15人いますが、播磨南、姫路東との合同チームでの出場を決めました。
「足に手術のボルトが入っているやつもいます。無理はさせられません」
 磯野君は、襟も含めて黒で両袖に赤ラインが2本ずつ入るジャージーに愛着を示しながら、目標を口にします。
「単独チームで出たかったけど、気持ちを切り替えて、みんなで1回戦を突破したいです」
 夏合宿は8月8日から12日まで県北の東鉢伏で行います。暑い時期にしっかり汗をかき、ラグビー、学業ともに県農として、実りの秋を迎えたいものですね。
(文:鎮 勝也)
【写真】 兵庫県立農業高校ラグビー部。前列一番右の緑のジャージーが岡本武司部長。前列左から3人目が磯野誠也主将。後ろに見えるのが厩舎

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