コラム 2015.11.04

関西学院大のスタイルについて

関西学院大のスタイルについて

 過去10年で関西制覇3回を記録した関西学院大が危機に瀕している。
 リーグ戦で1勝4敗と前年優勝チームながら最下位に沈む。残り試合は同志社大と京都産業大。その結果次第では、2003年のAリーグ再昇格以来13年目にして初の入れ替え戦出場の可能性も出てきた。

 10月31日、神戸・ユニバー記念競技場での天理大戦は7-62。今季リーグワーストの失点、得失点差をつけられた。試合後、選手たちはメインスタンド下のレンガ色アンツーカーに無言でへたり込んだ。
 関学は前半1、3分、敵陣でPKを2連続して得た。タップキックから<関学スタイル>の速攻をしかける。タッチラインアウトでも、ショットでもない。SO清水晶大がタッチを狙うと見せかけ抜きに行った偽装は成功せず。得点に結びつかなかった。

 関学のPGやタッチを狙わないクイックスタート、そして自陣からでもパスで攻め上がる型は東芝府中(現東芝)の<PからGO>と重なる。1996年度から日本選手権3連覇を果たしたチームは、ペナルティー(P)のチョン蹴りを含む素早い展開でトライを奪った。
 当時、主軸だったCTBアンドリュー・マコーミック(日本代表キャップ25)、SO大鷲紀幸(同1)が関学のヘッドとBKコーチとしてその経験を落とし込んでいる。
 ただ、20年前の東芝府中は7連覇した神戸製鋼が怠っていたフィットネスに目をつけ、そこに特化してチームを鍛え上げた。
 今年の関学は月曜日のオフとともに木曜日をフリー(自由練習)にしている。38歳の監督・野中孝介は理由を口にする。
「毎日練習をすると週末に疲れがたまり、肝心の試合でいいパフォーマンスができません。だから思い切って木曜をフリーにしました。でもその日はスクラムを組んだりしているし、火、水、金曜日はフィットネスも含め相当厳しい練習をしています」
 しかし、<ボールを動かすラグビー>において不可欠なスタミナをつける絶対的練習時間は不足する。野中も認識はしている。
「ワールドカップ(W杯)のジャパンの活躍を見ていると…」
 日本代表は午前5時起きで複数回のトレーニングを選手に課す。このW杯では3勝1敗の好成績を残した。

 PKからの速攻はタッチラインアウトから安定したアタックができない裏返しでもある。天理大監督の小松節夫は分析する。
「ラインアウトでもモールを組んでこないもんね。ピールオフばっかり。いつもの関学と違う。自信がないんやろね」
 今年の関学はレギュラー9人が卒業で抜けた。特にFWは7人。ペネトレーター役のNO8徳永祥尭、HO金寛泰はトップリーグの東芝へ。精神的支柱でもあった主将のFL鈴木将大は大阪ガスに就職した。モールを含むセットプレーに昨年のような強さはない。

 53歳の小松は続ける。
「WTBが走られないから、そこには回さないで、CTBまでで勝負する。FWが弱いからBKで点数を取ろうとする。そんなことをやってるチームは勝てませんわな」
 勝者のおごりではない。自身の痛い経験に基づいている。
 日本代表SOの立川理道(現クボタ)を擁し、2011年度の第48回大学選手権では決勝に進出した。帝京大に12-15で惜敗するも、西日本チームの準Vは同大に次ぎ2校目。快挙だった。
 その後、セットプレーを軽んじ、展開を重視する。関学と同スタイル、<ボールを動かす>に磨きをかけるためだった。
「ボールなんか出ればいい、と思ってた。押されようがなにしようが出ればいい、と」
 ところが翌2012年の関西リーグ3連覇を最後に6位、4位と不振に陥る。悩んだ末にセットプレーを見直す。スクラム練習は週1回1時間だったものを最低2回4時間近くにする。改革は今季5戦全勝につながる。
 FWコーチの比見広一は反省する。
「アタックで裏通し(デコイ)ばっかりやってたんですよね。逃げていて勝負ができるのか、ということになりました」
 体をぶつけ合うスクラムによってチームの認識も変わった。まずディフェンスに当てに行く。背中を通すパスを使うのは、相手が構え出してから。コンタクトフィットネスが最初に来る球技に正面から取り組んだ。
 ネガティブさを含んでいたスタイルやプレー選択は今の天理大にはない。

 スクラムとモールが伝統の京産大は、関学とは対照的な戦い方を見せる。
 10月25日の近畿大戦。前半3分、ファーストスクラムを押し込み、コラプシングの反則を得る。敵陣22メートル中央でショット。再スクラムでも、タッチからのラインアウトモールでもなかった。3-0と先制した試合の最後は32-20。2勝目を挙げる。
 京産大のFWコーチ・田倉政憲は言う。
「あれでいいんです」
 田倉は右PRとして日本代表キャップ16。W杯は2大会連続出場(1991、1995年)する。押しに命をかけた49歳は、この場面でスクラムにこだわらなかった。
「京産大はPGで勝利を狙うチームではありません。でも1勝2敗のチーム成績、試合開始直後、反則の位置などいろいろなことを学生たちが考えて判断したのでしょう。ウチはグラウンド内の判断を重んじます。しかし、それに疑問符がつけば大西先生(健=監督)やコーチの声が外から飛ぶ。でもあの時は反論は出ませんでした」
 ラグビーは0-0から試合が始まる。点数を刻んでいかなければ勝てない。その得点方法において京産大には縛りはない。
 関学のこれまで5試合のPGは0。
 10月25日、19-41で敗れた関大戦を見た立命館大監督の中林正一は感じた。
「関学はPGを狙っていれば勝ってました」
 前半は5-20。3点でも決めていれば、後半は2トライで逆転できる。入りの精神状態は違っていたはずだ。

 関学の監督経験者はもらしている。
「メンバーが変わっているのに去年と同じラグビーをしている」
 フィットネスで相手を大きく上回れないなら、自陣からはエリアキックやハイパントを使い、省エネで敵陣に入る。ラインアウトはショートを交え工夫する。PGやDGで得点を積み上げる。その中でボールを動かすことは関学の信条に反しない。
 必要なのは少々の勇気。それにキックチェイス時のシステム作りだ。人材はいる。SO清水、控えの山田一平はともにエリア獲りのキックに長ける。主将のSH徳田健太やWTB市橋誠はゴールキッカーでもある。
 勝つために戦い方をいじってもファンは、「スタイルを変えた」とか「変節した」となじらないだろう。最終目標の<勝利>に向かった努力が伝わるからだ。

 1992年の第74回高校野球選手権で高知・明徳義塾監督の馬淵史郎は、石川・星稜の四番打者・松井秀喜に5連続敬遠を指示した。「高校生らしくない」など甲子園は大きく揺れた。辞表を持って試合に臨んだ馬淵は当時38歳。後日、本音を語る。
「あの時、わしが本当に言いたかったんは、『ルール破りはしとらん』ということよ」
 共同通信でニュース記者として名を馳せた万代隆(故人)は世間の猛烈な批判にさらされながら馬淵擁護の論陣を張る。
「ボール4つ投げて何が悪い」
 大会は選手権。高校日本一を決める勝ち抜き戦である。すべては勝つことに集約されている。「高校生の中に1人いるメジャー選手」と馬淵自らが評した看板打者を封じ込めるのは職務だった。そこにあるのは上辺のスタイルではない。勝利の追求である。
 2回戦での対戦は3-2で明徳が勝った。後年、松井は馬淵の言葉通りニューヨーク・ヤンキースの4番に座った。

 ルールの下において勝利をつかむのがリーグ戦やトーナメントではないか。
「自分たちのラグビーをして負けたから満足です」
 美しく響くセリフを京都・伏見工を全国V4の強豪に育てた山口良治は認めなかった。
「負けていい勝負なんてない」
 勝つために最善を尽くす。彼我の戦力を十分に分析した上なら、スタイル無視にも目をつぶる。1点差でも相手をしのぐ方策を最後の一瞬まで講じる。悪あがきをする。
 小松は関学戦前に試合展望を語った。
「今日はアップ&アンダーで来るかもしれん。ウチと回し合いをしても勝てないやろ。それなら思い切ったやり方をしてくるかもね」
 小松の考えは<スタイルがあっての勝利>ではなく、<勝利があってのスタイル>だった。
 関学はハイパントを使わなかった。スタイルを変えなかった。
 大学ラグビー界で勝ち方を云々されるのは、選手権7連覇を狙う帝京大だけである。

(文:鎮 勝也)

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