コラム 2015.09.07

近鉄期待の新人がデビュー

近鉄期待の新人がデビュー

 9月5日、東京から1日遅れて、大阪でもトップリーグの『プレシーズンリーグ2015』が始まった。長居のヤンマースタジアムでは2試合があった。
 近鉄ライナーズはサントリーサンゴリアスに16-20で敗れ、神戸製鋼コベルコスティーラーズはクボタスピアーズを22-9で下した。
 関西の2チームは明暗が分かれる。

 この『前哨戦』の位置づけは難しい。公式戦ではないため、プロ野球のオープン戦のように、勝負に重点を置かず、新人育成、あるいはベテランや外国人の調整と捉えるチームもある。一方でクボタ監督の石倉俊二が「ウチは現段階のベストメンバーで臨みました」と話すように、11月から始まるリーグ戦の一部とする向きもある。

 その中で前年度12位の近鉄はFWに2人の新人を起用した。京都産業大出身の右PR浅岡勇輝、同志社大出身のNO8田淵慎理である。
 現場の最高責任者、GMの木村雅裕は初戦での抜擢理由を説明する。
「浅岡に関しては、今そこが手薄、っていうのもあるよね。前田(龍佑)が7月の夏合宿でケガをしてまだ戻ってない。才田(修二)の調子もよくない。そんな感じ。田淵は単純にいいんよ。新人にしてはスピードもパワーもあるもんね」

 前年度5位のサントリーとの試合は、定刻通り午後4時40分、夜間照明の中でキックオフされる。カクテル光線の中にエンジと紺の背番号3、そして8が浮かび上がる。

 前半3分、敵陣22メートル右中間付近でマイボールのファーストスクラムが組まれる。一度落ちたが、二度目はキープしてボールが出る。浅岡にとって初のトップリーグ有料ゲームでの組み合いは問題なく終わった。
 しかし、7、10分と連続して劣勢になり、スクラムコラプシングを取られる。
 世界の主流は、HOが両PRの腕を先に体に巻かせて、その上から両腕を置く『オーバー』。しかし、浅岡はあとでHOに右腕を絡ませる『アンダー』で組む。この形は京産大時代と同じだが、相手の圧力が違った。
「社会人は組み方が全然違います。8人で押す方向を決めています。大学の時はバラバラになっても押せましたが、社会人でそれでは押せません」
 後半17分には才田と交代した。

 田淵はフル出場を果たすが、観衆を沸かす場面はなかった。後半20分、相手インゴール左隅にボールダウンを試みたWTB南藤辰馬をその特徴である体幹の強さで押し込んだくらいだった。
 後半29分、スクラムから左サイドを突くが、帝京大出身で同じルーキーのSH流大のタックルをヒザ下に受け、ノックオンする。
「小さく、低かったので見えませんでした」
 近鉄は両FLにベテランを配し、22歳田淵へのお手本にさせる。32歳の大隈隆明はボクシング経験からもくる激しいファイトを展開。34歳、日本代表キャップ22のタウファ統悦はブレイクダウンでボールを奪った。
 監督の前田隆介は田淵をかばう。
「ミスもあったけど、ルーキーらしいキャリーをしてくれた。十分に力はある」

 ものごとは大概、最初からうまくはいかない。初戦の黒星と自らのパフォーマンスの振り返り方で今後は決まってくる。
 入社後、浅岡はスクラムを意識して、多い日は腹筋を200回するなど、体幹を鍛える。110キロ近い体重ながら懸垂を10回以上する。この腕力はジャッカルに役立てたい。
 田淵はインナーマッスル(内側の小さい筋肉)を鍛える。ベンチプレスは大学時代からわずか5か月あまりで15キロ重い135キロを差し上げるようになった。
 体の変化を少しずつ感じている。

 就職による生活の変化は劇的だ。
 二人はプロではなく社員である。駅員として浅岡は大阪・鶴橋、田淵は奈良・生駒に勤務している。浅岡はラッシュ応援のため、午前7時30分には制服に着替えプラットホームに立つ。奈良・天理高出身の田淵は知り合いに会うこともある。
「恥ずかしさ?それはありません。それより懐かしいなあ、って感じです。仕事に関しては上司は優しく、ラグビーを理解してくださっていて働きやすいです」

 この日、京都外大西高出身の浅岡にとっては?京都対決?だった。トイメンは、同じく新人で京都成章高出身の森川由紀乙。浅岡は全国出場経験がなく、森川は全国4強だった。大学では選手権出場2回と4連覇。これまでの戦績は大きく違う。
「対戦は初めてでした。有名人ですからね。でも意識はしています」
 森川は、取材を受ける浅岡の横を通ってバスに乗り込む時、黙礼をして通り過ぎた。その行為に尊敬や同等といった感覚が透けて見える。トップリーグは高校、大学でのキャリアにとらわれず、また勝負をしかけられる場所でもある。
 浅岡、田淵を含めた新人たちの新しいステージでの戦いは今始まった。

(文:鎮 勝也)
【写真】 近鉄期待の新人、NO8田淵慎理(左)とPR浅岡勇輝

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