コラム 2015.06.11

ラストイヤー。  田村一博(ラグビーマガジン編集長)

ラストイヤー。
 田村一博(ラグビーマガジン編集長)

 12-73。0-80。0-53。14-54。
 この春の早稲田大学は、帝京大にAチームからDチームまでのすべてが惨敗した。スキル、体格、闘志。現時点では、そのすべてで大学王者がはるかに上回っていた。

 6月6日におこなわれたDチーム同士の試合。その後半、早稲田が1トライを返した直後、帝京インゴールの近くにいた。帝京のハンドリングミスから奪ったトライだった。
 大きくリードしていた帝京にとっては、大勢に影響のないものだ。しかしインゴールに戻ってきた選手たちの表情がなんともいえなかった。声を荒げるわけでなく、下も向かず、次のプレーのことを話しつつゴールポスト下に入り、すぐにキックオフへ駆けていった。コーチの方を見たのは、「ミスは取り返せ」と声をかけられたときの一瞬だけだ。
 途切れぬ集中力。静けさで闘志を示す。王者の空気は、クラブの隅々にまで届いていることが伝わってきた。

 その試合後、惨敗した早稲田の選手たちが円陣を組んでいた。ゲームキャプテンを務めていたWTB近田望は「この試合に準備してきたことは出せた部分もあったけれど、帝京も進化していくのだから、それ以上のスピードで成長しないと差は縮まらないぞ」と言った後、他に出場していた4年生たちにも言葉を求めた。その最後に喋ったのがFLの中庭悠(なかにわ・はるか)だった。
 この試合に6番を背負って出場した中庭は、茨城の進学校、水戸一高の出身。一般受験で入学した、170?の小柄なタックラーだ。1年時に左肩を負傷し、いつも痛みに耐えながらプレーしていた。しかし昨年12月に手術に踏み切る。ラストイヤーにAチームで赤黒ジャージーを着るために勝負を懸けたかったからだ。日本一になりたいと強く思ったからだ。2年時に1度だけBチームに上がったことがあるだけだが、本気だ。

 この試合が復帰戦だった中庭はしつこいタックルを見せた。低く刺さり、相手の足に絡みつく。「でも、あれじゃダメなんです。ボールを取り返さないことには帝京の勢いは止められない」と話す表情には実直さが浮かんでいた。
「僕はこれといった特徴のない選手。だけどタックルだけは誰にも負けないつもりでやっているので、もっともっと激しくプレーしないと。チームとしてもそうなのですが、いいプレーもあるけど、それを何度も出せない。それでは大きい相手には勝てないと思う。毎日の練習の積み重ねなんです。そこにもっとこだわっていきたい」

 4年生の6月。残された時間は半年ほどしかない。頂点を狙う者として、現時点でDチームにいるが絶望感はない。実直な表情が負けず嫌いの顔になって、「いま上のチームで出ている者と比べ、自分が負けている気はしません。勝てます」と言った。
「だから、もっともっとタックルしてアピールしたい。そのためにも、ゲームフィットネスを取り戻さないといけない。夏までが勝負と思っているんです」
 就職活動はまったくしない。「そこで他の4年生をリードしたい」と不敵に笑う。そして時間に余裕のできる大学5年目は海外を旅してみたい。イギリスへ行きたい。

「藤島大さんの文章で、ラグビーと勉強の両立までは大丈夫だけど、彼女とか、3つめ以上は無理…というようなことが書いてあったのを読んだことがあるのですが、それ、わかる気がするんです」
 早稲田がいま浮上できず、苦しんでいる原因を問うたときにそう話し始めた。
 自戒を込めて言った。
「自分自身も含め、みんな、ラグビー以外に興味があることが多いような気がしているんです。もっとラグビー、ラグビーってならないと(帝京に)追いつけない。これも自分自身がそうだったのですが、最上級生にならないと自分でこのチームを引っ張っていこうとする人間が少ない。練習中に誰が声を出しているのかを見ると分かる。そういうところから変化していかないと(現状は)変わらない」
 ラストイヤーになって見えてくることを後輩たちに態度とプレーで伝えようとしている。だけど、そう簡単ではないからもどかしい。

 どうしてもAチームで試合に出たい。日本一になりたい。その原点は、「そう思ってこのラグビー部に入ってきたから」とシンプルだった。
 自身が強い早稲田を見ていた中学時代。テレビ中継の画面には現チームでコーチを務める上田一貴(167?)や中村拓樹(169?/現・三菱重工相模原)など、小さなFLの活躍が映し出され、彼らのプレーが大学最強チームを支えていた。
「あれを見て憧れ、ラグビー部に入りました。だからその思いが実現できなければ、日本一になれなければ、この4年間が否定されることになると思うんです」
 だけど、現時点ではチームも自分も、やり切れていないし、出し切れていないから王者に蹂躙される。それが、ひとりのときもチームの仲間といるときも感じている体感だ。

 放送部も兼務していた高校時代。3年時は春の大会後に一度引退し、秋の花園予選に最上級生の中でただ一人復帰した。水戸一高のラストイヤーは、そんなふうに過ごして自分を納得させた。日本一を思う大学最後のシーズンは、生半可な気持ちでは思いは遂げられない。「狂ったようにやる部分が足りていない」と感じるチームの現状を打破しなければ。
 Dチームの4年生が狂気のタックルをすると何が変わるのか。何も変化は起きないかもしれない。
 でも、ひとりも変わらないなら全体も最後までそのままだ。
 まず狂ってみるのはあなたですよ。

【筆者プロフィール】
田村一博(たむら・かずひろ)
1964年10月21日生まれ。89年4月、株式会社ベースボール・マガジン社入社。ラグビーマガジン編集部勤務=4年、週刊ベースボール編集部勤務=4年を経て、1997年からラグビーマガジン編集長。

(写真:タックルをする早稲田大のFL中庭悠/撮影:松本かおり)

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