コラム 2015.05.11

堀江不在の間に存在感増す木津武士 全開アピールへ

堀江不在の間に存在感増す木津武士 全開アピールへ

 5月9日の韓国代表戦に勝利し、香港代表との最終戦を待たずにアジアラグビーチャピオンシップ2015の優勝を決めた日本代表の選手たちは、秋の第8回ラグビーワールドカップメンバー入りに向けて激しいレギュラー争いを繰り広げている。

 現在、日本代表候補メンバーは45名。8月31日の最終登録メンバー発表に残るのは31名である。いま活躍中の選手から14名もの選手が落選することになるのだ。たとえば、韓国戦で初先発した宇佐美和彦も名乗りをあげたLOだが、エディー・ジョーンズ ヘッドコーチ(HC)は、「LOは4人を想定」と方向性を語っている。その中に、伊藤鐘史、真壁伸弥、大野均、トンプソン ルーク、アイブス ジャスティン、宇佐美がいるわけで、この中から2名は落選する可能性がある。FW第三列やCTB、WTBなどもポジション争いはし烈だ。

 そして、セットプレーの要であるFW第一列のHOもどうなるか分からなくなってきた。絶対的存在の堀江翔太が首の手術からのリハビリ中で、現在のところこれに続く存在の木津武士はじめ、湯原祐希、有田隆平など実力者が揃っている。堀江不在の間に、各選手がどこまで特徴を出してアピールできるか。第三者にとっては興味深い争いだ。

 木津武士は、東大阪市出身の26歳。東大阪市立小阪中学時代までは、相撲とラグビーを並行し、両方とも大阪や近畿の大会で優勝。体格は中学3年生で110kgあり、中学卒業時、9つの相撲部屋、18の相撲強豪高校、11のラグビー強豪高校から声がかかったという逸材だが、その後は、東海大仰星、東海大、神戸製鋼コベルコスティーラーズと「ラグビー道」を歩んだ。大学2年生まではLO、NO8でプレーし、HOに転向したのは大学3年から。そのためか、スクラム、ラインアウトなどのセットプレーでの仕事に集中するあまり、183?、114?の屈強な肉体を生かせずにいる。事実、日本代表のレスリング練習などで一対一の倒し合いをすると、無類の強さを発揮しているのに試合での突進は少ない。

 5月9日の韓国代表戦を前に、ジョーンズHCは、木津に「ボールを10回持て」という目標を持たせた。ボールを持って10回突進せよ、という意味である。HOの選手にとって、ボールキャリー10回というのはハードルが高い。しかし、ジョーンズHCは、木津のポテンシャルを引き出したいのだ。木津は言う。「堀江にあっさりポジションを渡すな、という意味だと思います。僕の力を引き上げようとしてくれているのです」。HOの経験が少ないことから、経験豊富なFW第一列選手の声に耳を傾け過ぎ、遠慮がちな木津を叱咤激励しているのである。抜群の足腰の強さを持つ木津が覚醒すれば、日本代表の攻撃はさらに分厚くなるからだ。

「エディーさんは、ミーティングでも皆に聞こえるように、『木津はボールキャリー10回』と言います。だから、みんな気を使って僕にボールを回してくれました」。それでも韓国戦のボールキャリーは5回にとどまった。試合後、記者の質問に答える木津の横を、ジョーンズHCが、「あと、5か〜い」と言いながら通り過ぎた。パス、キック、ランを高いレベルでこなす万能選手の堀江翔太を超えるには、木津にしかない特徴を全開にするしかない。

 堀江も木津も大阪出身のため、「ラグリパ関西」が一方を応援するわけにはいかないが、木津の奮起が日本代表の力を押し上げるのは確かなこと。南アフリカ代表のビスマルク・デュプレッシーのように、相手ボールを奪い取り、タックルを蹴散らして突進するパワフルなHO木津武士を、早く見てみたい。

(文:村上晃一)

【筆者プロフィール】
村上晃一(むらかみ・こういち) ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度西日本学生代表として東西対抗に出場。87年 4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーラン スの編集者、記者として活動。ラグビーマガジン、ナンバー(文藝春秋)などにラグビーについて寄稿。J SPORTSのラグビー解説も98年より継続中。99年、03年、07年、11年のワールドカップでは現地よりコメンテーターを務めた。著書に、「ラグ ビー愛好日記トークライブ集」(ベースボール・マガジン社)3巻、「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)などがある。BS朝日「ラグビーウィークリー」にもコ メンテーターとして出演中。

(写真:HO木津武士。W杯イヤーの今年、3試合連続先発中/撮影:早浪章弘)

PICK UP