コラム 2015.04.17

金太郎と相乗効果  向 風見也(スポーツライター)

金太郎と相乗効果
 向 風見也(スポーツライター)

 大雨と強風にさらされるテントの下で身を縮めていた「ゴリさん」が、「金太郎」の話をした。

「○○(日本ラグビー界の戦術的なトレンドを作ったチームまたは指導者か)のラグビーが流行り出してから、『サラリーマン金太郎』みたいな選手がいなくなりましたね」

 4月8日、神奈川の秋葉台公園球技場で「トップリーガー発掘プロジェクト2015」がおこなわれた。国内クラブのスカウトが逸材を探すトライアウトである。「ゴリさん」こと野澤武史さんは日本協会のリソースコーチとして参加者の練習を指揮。その後の試合を観ながら、所感をつぶやいていた。最初の方に何と言っていたかはよく聞こえなかったが、後半は確かに「金太郎」と言っていた。

 例えがあまりに強烈で「その心は」と聞き返すのを忘れたが、概ね「何か普通ではないオーラを発散する選手」を指すのだろう。漫画家の本宮ひろ志さんが描く『サラリーマン金太郎』こと矢島金太郎は、大胆な行動で周りを魅了する元暴走族の見習い社員だった。

 ラグビー界で進む選手やコーチのプロフェッショナル化、同じ情報を多くの人が共有できるようになった社会背景。この2つの合わせ技が、競技および競技者の均質化を助長している。たぶん「金太郎」の談話は、その流れへの警鐘にも似ていた。

 日本選手権を制したヤマハが称えられる点は、おそらく多くの人から観て均質化していないように映るからだろう。

 上背に限りがある俊足のHO日野剛志、東南アジアの大器であるLOデューク・クリシュナンがラインアウトで働いていたタッチライン際に残り、折り返しのパスを待つ。公称「170センチ」のCTB宮澤正利が縦にも横にも斜めにも動く。相手の守備陣系の穴を見定め、日本代表のFB五郎丸歩がキックで陣地を取る。背景には、長谷川慎FWコーチらが地道に創出したフランス流8人一体型スクラムへの矜持がある。

――メディアに踊る「ヤマハスタイル」という言葉。あれ、どういう意味なんでしょうか。

「セットプレーという強みを持ちながら、各人が強みを活かしてゆく、スタイル。例えば、FWにはセットプレーで力を発揮して欲しいから、(それ以外の場所では)あんまり走って欲しくないんですよ」

 司令塔のSO大田尾竜彦は、流行の戦術用語なんてひとつも使わないで解説したことがあった。

 南半球最高峰のスーパーラグビーに転ずれば、ハリケーンズが今季ここまで7戦負けなしと好調だ。昨季は8勝8敗と、勝率5割に終わっていたのだが。

「皆がハードワークをしている。どこでハードワークするかという絵がある」

 こう観るのは、NTTコムに今春から加入した大久保直弥FWコーチだ。前年度まで指揮を執っていたサントリーの監督室では、直近の指導に無関係かもしれないラグビーリーグ(13人制)の映像を観ていたこともあった。ラグビーというゲームに恋をしている大人には、いまのスーパーラグビーで成果を残すクラブに自分たちだけの「絵」があると映った。

 逆に、全体的な潮流に首をかしげてもいた。

「スーパーラグビーやハイネケンカップ(欧州クラブ頂上決戦)を観ていても、最近はどこも同じように見えてしまう。もちろん、そこには高い個人能力を持った選手が揃っていますけど」

 各国に散らばった戦略術のトレースに終始している者同士が試合をしているから、創造性を汲み取りにくい。言いたいのは概ね、そういうことなのだろう。

 情報源だけを伏せて『金太郎』の話を振ると、「そういうのを個人だけじゃなくて、チームでも見せないと」と、自戒を込めるように言っていた。

「ラグビーの面白さって、チームが戦略的にどう(選手の個性の)相乗効果を示していくかだと思うんです」

 希少な人間同士が希少な指導者のもと希少なチームとなり、希少な戦い方でメッセージを伝えてゆく…。ラグビーはそういう娯楽であって欲しいようだった。

 今秋、ワールドカップがイングランドである。日本代表は、エディー・ジョーンズ ヘッドコーチのもと、巨額の予算と恐るべき執念で本番での躍動を狙っている。テストマッチ(国同士の真剣勝負)は勝てば官軍の論理に従えば、「8強入り」という公式目標を果たせればあとは何でもいい。そう言っても乱暴ではあるまい。

 そんななか、もし、勝敗以外に注文をつけるとしたら、いわゆる「日本代表らしさ」の中身についてだろう。そう。ジョーンズのサントリー時代の仕事仲間である大久保の言葉を編集させていただければ、「チームが戦略的に示す(選手の個性の)相乗効果」だ。

 その意味では、極東の島国の永遠の課題であろう「外国人、多すぎませんか」の疑問は枝葉でしかない。熱くて面白い「日本代表らしさ」は、どのポジションにナニ人を置いても作れなくはなかろう。

【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)。

(写真:日野剛志(中央右)らヤマハ発動機の選手たち/撮影:松本かおり)

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