劇的ロスタイム! 御所実、しぶとい慶應を制して辛くも8強入り
決勝点が入ると雪が降った。スタンド下の通路には歓喜の声と嗚咽が交錯する。2015年元旦、大阪・近鉄花園ラグビー場の午後である。全国高校ラグビー大会の3回戦があり、第1グラウンドでは奈良・御所実(2年ぶり9回目出場)が神奈川・慶應義塾高(4年ぶり34回目出場)に19-14で辛勝した。3日の準々決勝では國學院久我山(2年ぶり39回目出場)と戦う。
両者の陣地獲得とタックルが接戦をかたどるなか、まず、ノーサイド直前に笑ったのは慶應高だった。敵陣ゴール前中央やや左でのスクラムの脇から、NO8山中侃が単騎で直進。ラックを重ねた先で、PR竹内翼がゴールライン右中間に飛び込んだ。直後のコンバージョンをCTB古田京が決め、2点リードを奪った。
12-14。残り時間は。慶應陣営は、石井克彦レフリーに「2分」と確認を取る。もう、直後のキックオフを確実に捕球し、密集戦の連続で時間を稼ぐだけだ。白星に片手をかけていた、はずだった。
慌てていなかった。絶体絶命の場面を、しかし、御所実のWTB竹山晃暉副将はそう捉えていたという。後半30分に逆転された瞬間、諦めの気持ちは芽生えなかったのか。試合後にいくら似たような質問をぶつけられても、「冷静でした」と強調する。
「いつも、いろんなイメージでの練習をしているので、落ち着いてプレーできました。ターンオーバーを狙っていました」
御所実のキックオフのボールを、慶應は自陣22メートル線付近右中間で保持。予定通り密集を重ねる。秒針は進む。ピッチサイドでは、すでに3回戦を突破したチームの監督と主将が見守っていた。直後に準々決勝の組み合わせ抽選会があるためだ。ロスタイムに関する認識が慶應側とずれていたからか。抽選会を待つ1人の東海大仰星高(2年連続15回目出場)の湯浅大智監督は、「なぜ、慶應はすぐにプレーを切らないんだろう」と首を傾げていた。
慶應がいよいよラックからパスアウトし、激戦を終わらせる刹那。御所実が、球を、奪った。「ターンオーバーした時のコール(合図)」を叫ぶ。
決定的とも言える「コール」が聞こえるや、WTB竹山副将は目の前に空いたスペースを見定める。パスを呼び込む。外勝負。敵陣ゴールエリア左へ直進。スタンドの歓声を背に受ける。タックルにつかまる。
反則をした瞬間にノーサイドの笛が鳴るのが濃厚とあって、御所実フィフティーンは「ペナルティ厳禁」という意味の「ノーペナ」を連呼する。エースの走りを援護し、ゆっくり、確実にフェーズを重ねる。ゴールポストをほぼ正面に見据え、お家芸のモールを組む。
塊が、動き出す。慶應、たまらず反則を犯す。御所実、さらにモールを作る。また左前方へ進む。
慶應守備陣の目線がモールに寄ったところ、その死角へ駆け込んだのが、WTB竹山副将だった。この日2トライを挙げていたSH吉川浩貴主将から楕円球を受け取ると同時に、インゴールでガッツポーズを繰り出していた。
「負けていても冷静に判断するということを1年間、やってきた。それを花園という舞台で出せたのは、今後のチームの強みにつながると思います」
テレビカメラ前でのインタビューを終えると、高校日本代表候補のWTB竹山はその場でへたり込んだ。疲労困ぱい。一方、敗れた稲葉潤監督は毅然とした態度を崩さないでいる。
「勝っていて残り時間が少ない時のプランはあったのですが、そこでミスが出た。キープして、最後にタッチキックを出すというシナリオを用意していたのですが…。もうひとつ、ふたつ上のステージへ行かないと、全国のトップは取れない」
グラウンドで組み合わせ抽選会が行われていた頃、着替えを終えた慶應高の選手がロッカールームから出てくる。20歳以下日本代表候補でもあるLO辻雄康副将は、目を真っ赤にして「勝ち切れなかったことを強く反省しています」とうつむいていた。御所実がターンオーバーを決めたあの場面、自らの「ミス」があったと悔やむのである。
「これからは自分にも厳しく、人にも厳しくしないと勝ちきれない。最後は自分のミスでボールを獲られてしまったので、一生後悔してもしきれない…」
言葉を振り絞る高校3年生の後ろから、稲葉監督が「そろそろいいですか」と声をかける。周りのマスコミ関係者は蜘蛛の子を散らすようにその場を離れていった。芝は白く染まった。