国内 2014.12.07

「聞こえないけど響いた」とWTB大塚貴之。関東大学Jr.選手権で帝京大V

「聞こえないけど響いた」とWTB大塚貴之。関東大学Jr.選手権で帝京大V

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ボールタッチは少なかったが体を張り続けた帝京大WTB大塚貴之。(撮影/松本かおり)

 試合後の円陣で帝京大学、岩出雅之監督の口からMVPが発表された。12月6日、秩父宮ラグビー場。第36回関東大学ジュニア選手権大会の決勝戦で明治大学を73-14と圧倒した後だった。
 真紅のジャージーは、ジュニアも強かった。基本に忠実。激しい。精度が高く、何度でもくり返す。紫紺のジャージーを蹴散らすのではなく翻弄した。明治大学のゲームキャプテンを務めたFL平井伸幸は「接点での圧力はそうでもなかったけど、一つひとつのプレーが丁寧で、うまかった」と勝者を称えた。
 帝京大学の前田篤志ゲームキャプテンは「積み上げてきたものを出せた」と話した。
「出場した選手たちの中からひとりでも多く、Aチームの試合に出てほしい。きょうを大学選手権のスタートにしようと言って、この試合に臨みました」
 岩出監督は、そう語った。

 試合後のMVP発表。岩出監督は、リーダーを務めた前田の名を読み上げた。本人が仲間へ向けスピーチをする。そしてその後、もうひとりのMVPが明かされる。この日後半途中からピッチに立ち、左WTBとしてプレーした大塚貴之が、仲間から祝福された。
 トライはなかった。いいタックルをしたけれど、抜かれもした。そんな大塚の選出について岩出監督は、「きょうのプレーでなく、これまでやってきた彼の努力に対してのもの」と部員たちに伝えた。聴覚に障害を持つ4年生は、仲間に感謝の気持ちを伝えた後、取材陣に囲まれて照れた。

「MVPをもらうようなタックルは、僕はしていません(笑)」
 大分雄城台高校出身のまじめな男は、もっと活躍して選ばれたかったと話した。でも、この日経験したすべてに感激していた。初めての公式戦。初めての秩父宮ラグビー場。そして仲間と味わった優勝の味。感謝の思いが言葉の端々から伝わってきた。
 生まれた時から音のない世界に生きている。しかしこの日、自分でも驚いたことがあったと教えてくれた。
「音が聞こえない自分なのに、ピッチに出たとき、みんなの応援が心に響いたんです」
 聴覚に障害があるぶん、他の感覚を研ぎ澄まして生きてきた。他の人より繊細な部分もたくさんある。話す人の口の動きを見て意思を読み取る。アイコンタクトで理解する。この日も、ピッチに出るとすぐに、大きな声でコミュニケーションをとった。仲間が大きなゼスチャーで応え、伝える。音のやりとりはなくとも、しっかり周囲とつながっていた、
 大分から両親も応援に駆けつけた。メインスタンドの最前列で声援をおくり、息子の写真を何枚も撮影。「遠いところを、わざわざ応援に来てくれました。写真は少し恥ずかしかった」と笑顔で話した。

 荒尾高校時代、大塚が主将を務めていた大分雄城台高校と試合をしたことがある流大主将は、ピッチに立った同期の姿を見て「感じるものがありました」と言った。ラグビースクール時代から大分のラグビースクールに、障害を持ちながら楕円球を追っている頑張り屋がいると聞いていた。高校になって対戦し、大学でチームメートになった。
「まじめで、妥協することなく頑張っている姿を見てきましたので。悩んだ時期も知っています。気持ちがみんなに伝わらないと言っていた時期も乗り越えて、いまがある」
 ミーティングや円陣などでコーチや仲間が話すとき、いつも大塚の隣にいるのは同期の学生コーチ、西村昌紘だ。大きく口を開いて伝達事項を復唱する。ゼスチャーも織りまぜる。
「1年生の頃からみんなでそうやってきました。学生コーチになってからは、多くの機会に僕が大塚の横にいます。くり返しているうちに、どんどん伝わるスピードは早くなっていきました」
 いつも肌が触れ合うくらい近くにいる同期が初めて大舞台に立った。すごく嬉しかったと、西村も目尻を下げた。
「あいつホントまじめなんですよ。でも、最初はただまじめなだけだったけど、やりとりの途中にジョークとかをはさむようになっていった。それからはもっと周囲との距離が近づいた気がしますね」
 この日の大塚の起用は、首脳陣が与えたチャンスだったのか、自身でつかみ取ったものなのか。近くで過ごしてきた者は、その答を知っている。

 取材陣の横を通り過ぎる監督が、「この試合が最後じゃないですよ、と言っとかないとな(笑)」とMVPに言った。
 大学選手権決勝まで、残された試合は最大で5試合。Aチームを目指す努力は最後まで続く。そこには特別なことは何もない。大塚も他の部員も、みんなこの先の試合に出たい。
 残された時間も試合数も、誰もが同じだ。全員が、この試合が最後じゃない。コミュニケーション力を踏まえたなら、大塚は仲間よりもっと頑張らないといけないし、先をいかなければならない。
 でもそれは、大塚のこれまでの人生の、当たり前なのである。

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