コラム 2014.11.06

12万人の子どもたちに愛を。「笑顔がないのはタグではない」。

12万人の子どもたちに愛を。「笑顔がないのはタグではない」。

 思い思いの格好の子どもたち。それぞれの笑顔が校庭にあった。横浜市立入船小学校はJR鶴見線、浅野駅から徒歩で7、8分ほど。夕焼けが綺麗な10月下旬の夕方だった。

 おじさん2人が、大縄くぐりの縄をまわす。3人一組の子どもたちが息を合わせて駆け出す。
「ちゃー、しゅー、めーん」
 どこかの組が考えたスタートの合図をどの組も真似し始めて、クリアできることが多くなった。おじさんが言う。
「ちゃーしゅーめんか。いいぞ。お互いを見て、仲間がスタートできる準備ができているか見るんだよ」
 しばらくすると、ある組の子どもたちが言う。
「ボールを持ってやっていい?」
 他の組も続いた。一緒に動き出すコツ、コミュニケーションの大切さを自然と知る。素敵なウォーミングアップ。横浜市の小学校が実施する放課後クラブ『はまっ子クラブ』でのひとコマだ。
 2人のおじさんのうちのひとりが鈴木雅夫さん。同クラブのため、週に何度か校庭を訪れる。いろんな小学校での出前授業にも足を運ぶ、タグラグビーの伝道師だ。
 本職は消防士。火を消すのが仕事なのに、あちこちでタグの灯をともしてきた。長きに渡り、横浜市内で時間をともにした子どもたちは約12万人。横浜市にある352の小学校のうち188校へ出前授業、放課後クラブなどで訪問した結果、現在は280校がタグを選択授業に採り入れ、それぞれの学校の体育倉庫には楕円球とタグのベルトが置いてある環境が出来た。10年以上の歳月をかけて、12万人の子どもたちと触れ合ってきた。
 きっかけは1998年だった。同市金沢区で開かれ日本ラグビー協会主催のタグラグビー講習会にたまたま足を運んだ。まだ幼かった、自分の子どもたちと楽しく遊べたらいいな。そんな軽い気持ちだったのに、まずは自身が夢中になった。
 自宅の近くにある下野谷町第二公園にて、家族でタグを楽しむようになった。それを見ていた子どもたちが、ジャングルジムの上や他の遊びの途中で、なんだか楽しそうだと集まり始める。
 一緒にやろうか。
 また、どこからか友だちがやって来る。
 輪が広がる。
 小さな公園に、70人を超える子どもたち。そんな日々が増えていった。
 子どもたちの遊び心と冒険心をすぐにとらえるタグラグビー。それが公園の枠を飛び出し、広がっていくのに時間はかからなかった。
 須藤裕一さんとともに神奈川県ラグビー協会のタグラグビー普及セクション担当に就いた鈴木さんは、横浜のラグビー発信地の要所、YC&AC(横浜カントリー&アスレチッククラブ)にかけあって小学生大会を実施する。やがて小学校から公開授業の依頼が届く。鈴木さんは公園でいつも一緒に遊んでいた鈴木彩香ちゃん(のちのラグビー女子日本代表)らとともに、2000年、2001年とタグの魅力を教育者たちの前で表現。横浜市は、2002年度から小学校の体育の選択科目にタグを採用することに決めた。
 ただ、タグを教えられる先生たちがいなかった。そんな状況に、鈴木さんたちは指導者講習会を開いた。好評。講習を受けた先生方は笑顔でそれぞれの学校に「これは教材としていい」、「楽しかった」の体感と資料を持ち帰ってくれた。
 それなのに…事後の連絡は8割以上なかった。講習会に参加した先生が自校でおもしろさを伝えようが、タグのあとに「ラグビー」が付いているだけで「危ないんだろう」と校長先生や周囲が言う。それなら、と「実際に見てもらおう」と多くの学校を訪問し始めたのが出前授業のはじまりだ。
 鈴木さんは須藤さんとともに各小学校を訪問し、校長先生をはじめとした先生たち、父兄、子どもたちにタグの楽しさを伝えた。同行した鈴木彩香ちゃんら子どもたちをインストラクターとしたのは、楽しみ方をいちばん知っていたからだ。
 最初は「子どもたちが教えるの?」と困惑顔だった各校の先生たちも、講習が終わると「目からウロコ」と、彩香ちゃんらの伝達力とタグの魅力に感激した。校長先生や父兄も子どもたちの笑顔見て、自分たちも笑っていた。危険と思っていたのに、ボールを手にした鬼ごっこと分かって「これはいい」となった。
 先入観という壁は崩れ、タグは広まっていった。出前授業は10年以上続き、そこで楕円球とタグに触れた12万人の子どもたち。彼ら、彼女たちはきっと、この国のラグビーをさまざまな形で支えてくれる。
 横浜市消防局で働く鈴木さんは一日おきに24時間勤務というサイクルで生活している。出前授業やはまっ子クラブの活動は非番の日の楽しみ。賛同してくれている消防局の仲間が手伝ってくれている。
 一睡もできないまま学校へ向かっても、「子どもたちの笑顔を見るとスーッと疲れが吹っ飛ぶんですよ」と笑う。
「授業後に、一緒に給食を食べるのも楽しみです。そこで子どもたちから出る授業の感想にハッとさせられることが多いですね」
 タグの魅力を伝えながら、こちらが学ぶことも多い。だから、楽しさは尽きないのだ。
 なにより大切にしていることは、タグの上達より、楽しさを知ってもらうことだ。それも、そこにいる全員に楽しんでほしいと思う。だから、うまくできない子どものところにすぐに駆け寄る。
「原点は、彩香たちが言っていたことなんですよ。彼女たちが小学生の頃、友だちの男の子の野球を見にいったら、うまくプレーできずにどなられ、しょげている子がいたそうです。それを見て、彩香たちは『タグでは、そういう光景は見たくないね』と。できなかった子がやれるようになる姿からは、こちらも勇気をもらえる。みんなが笑顔になる」
 うまくなるより、好きになったらいつまでも続ける。仲間を誘う。ラグビーも愛してくれるようになる。
 誰もが楽しめるタグに。
 鈴木さんが広める「横浜のタグ」には、いろんな気配りがある。初めてタグに取り組む子どもたちに言うのは「ルールは4つだけ。ボールを落としたらだめ。ぶつかったらいけない。前パス禁止。パスの邪魔も禁止(オフサイド)」と簡単さを強調する。
 足の速い子もいれば、そうでない子もいる中で、誰もがヒーロー、ヒロインになるにはどうしたらいいか。トライだけでなく、その他のプレーにもスポットライトを当てることにも工夫をする。
「トライだけでなく、そこにつながったすべてのパスをした子どもたちに、『アシスト』が付くようにしたんです」
 例えばひとつのトライが生まれるまでに4つのパスがつながれば、4人が殊勲者だ。自己申告で記録をメモしていく。冒頭の入船小学校での放課後にも表彰がおこなわれていた。同日のトライ王よりアシスト王の方が最後に発表され、仲間から大きな拍手が贈られる。
「家に帰って夕食の時、子どもたちが『きょうはアシストを何回できたよ』と報告するんですって。先生たちが、保護者の方々から『アシストってなんですか?』と聞かれることもあると言っていました(笑)」
 最初のパスは女の子へ。そんなルールも全員を笑顔にさせ、ゲームを白熱させる。子どもたちを見つめていたら、工夫と楽しみ方は無限なのである。
 鈴木さんのもとを多くの賛同者が訪れ、指導を手伝ってくれる。
 関東学院大学ラグビー部の学生たちは、OBになっても時間を作っては足を運び、前出の鈴木彩香さんや、山口真理恵さんは、地元のタグから巣立った日本代表選手。同じ環境で育った愛娘の陽子さんも日本代表となり、後輩たちの活動をサポートする。
「手伝ってくれる人たちは、来てくれると、みんな本気でタグをやってくれます。この『本気』が大事なんです。子どもたちはそれを見てリスペクトするし、いまのプレーを教えてほしい、となる。その、『子どもたちが知りたいことを教える』というのがとても大事。多くのスポーツは大人が子どもと一緒にやるとき、大人が受け身になることが多いのですが、タグは大人も本気になって楽しめるものですから(笑)」
 教える方も、教わる方も楽しめるから長続きしない。15年以上の時間をかけ、10数万人以上とタグを通して触れ合ってきた種まき人の実感である。
 そして、そんな生活をまだまだ続けたいと思うのは、子どもたちの笑顔は何度見ても飽きないから。「笑顔がないのはタグではない」が信念だ。

鈴木雅夫(すずき・まさお)

1959年6月2日、横浜市生まれ。55歳。神奈川県立立野高校、専修大学でラグビーをプレー。ポジションはFL。横浜市消防局勤務。横濱ラグビーアカデミー理事。

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