コラム 2014.08.28

進化を遂げるオープンサイドFL、 マイケル・フーパー  小林深緑郎(ラグビージャーナリスト)

進化を遂げるオープンサイドFL、
マイケル・フーパー
 小林深緑郎(ラグビージャーナリスト)

−ある日の、ジェイスポーツ放送の控え室での会話−

「彼(関西のトップリーグチーム所属のジャッカル名人)はもうボクスに呼ばれないんですかねえ」と、実況の土居壮さん。
 私、「ハイネケ・マイヤー(スプリングボクス)監督の構想から外れてるようですねえ。それに、ワラビーズにマイケル・フーパーのようなFLが出てきたでしょ。これまでならハイレベルのターンオーバー能力と正確なタックル技術だけで、オープンサイドFLとしてワールドクラスの存在になり得たわけですが、フーパーは、それだけでなく、ボールを持ってディフェンスを破り、トライまで走り切れる、いわば攻守の両刀使いですから」。

「つまりスタンダードが変わったということですね」。

「それそれ」、さすが土居さんうまいこと言いハルわ、と感心するあまり、『おっしゃる通りです』と、ひと言返すのを忘れてしまった……。

 このワラビーズの新しい主将のインタビュー映像が流れた。早口のハイトーンと腫れぼったい顔の近接映像をみていた、本コラムの執筆者でボクシングも守備範囲とするスポーツライターの藤島大氏が、「パンチドランカー」と評した。

 いま時、確実に小柄な部類に入る身長183センチのこのFLは、ディフェンスがそろい、どうみてもスペースのなさそうな場所から、タックルを振りほどいて、ポーンと抜け出してくる。少なくない距離を脚で稼ぎだし、時にトライラインを陥れる独特の術は試合ごとに進化を示している気がする。

 それでは、フーパーはどのようにスタンダードを変えたのだろうか。インターネットの『Scrum.com』でチェック可能な主要テストマッチのスタッツ(OPTAデータによる)を、手元で選手ごとにまとめたものを参考に考えてみた。

 調査の比較対象はジャッカル名人=フェッチャー(fetcher) 。フェッチとは(go and get)、取ってくるの意味、古語では「つかむ」の意味だそうである。 ワラビーでは膝のリハビリ中のデイヴィッド・ポーコック、サントリーからフランスのリヨンへ移籍したジョージ・スミス、オールブラックのリッチー・マコウ、スプリングボクからはサントリーへやってきたスカルク・バーガー、NTTドコモのハインリッヒ・ブルソーを選んで比べてみた。

 全員がタックル数とターンオーバーで秀でているのは承知のとおりなので、この点の比較は省略する。そこで、他の分野の比較になるが、現在フーパーが独壇場なのが、ボールを持って走った距離(ランメートル)である。彼のテストマッチ1試合平均約28メートルは、2008年の半ばにこのスタッツが整備されてから以後、FLとしてはナンバーワンである(残念ながら、若い頃のジョージ・スミスやマコウのデータはない)。

 ポーコックは試合平均13.4メートル、ブルソーは7.5メートルでどちらかといえばディフェンス専任という役割が鮮明になる。ただし、このふたりがラインアウトでも働いているのに対して、フーパーはラインアウトの獲得は免除であるらしい。

 ブルソーの独自色はインプレーでキックを使うこと。守備ラインの裏へのグラバーまたは小パントと思われるが、オープンサイドFLで多少でもキックを使うのは、他にスミスくらいのものである。

 そのスミスのランは平均18.2メートル、ただし、先発93試合のうちの後期18試合限定の数字であり、それ以前の数字は不明だ。トップリーグで見せた、ランよりパスが上回るプレー選択も、彼の後期のプレーの特徴を示している。

 ランの距離ではバーガーも凄い。平均21.6メートル、ターンオーバーが1試合1回以上あり、ラインアウト獲得もこのなかでは最多で、オールラウンダーぶりを示している。

 そして、マコウである。ランの平均は23.5メートルだが、2009年は26メートル、2010年は29メートル、2012年も27メートルでフーパーにひけを取らない数字を残している。その後の2013年が13メートル、今年が約8メートルとランの距離が減少傾向にあるのは、足の具合が完調でないということか。

 ぎりぎりのプレーをするフェッチャーの定めとして、ほぼ全員が1試合1個以上のペナルティーを取られている。そのなかでバーガーの反則数は1試合0.8個と少なく、イメージより繊細な神経の持ち主であることが推察される。

 昨年まで2シーズンの反則が試合平均1.5回だったフーパーだが、今年はここまで5テスト試合で反則は1回だけ、ランは33.8メートルと大きな進化を遂げている。

 マコウとジョージ・スミスのビッグネームにスカルク・バーガーを加えた3人が、これまでのオープンサイドFLのビッグ3。フーパーはいよいよその領域に踏み込んで来たようである。果たしてこれからどこまで、そのスタンダードを塗り替えてゆくのか、彼を追う存在になりつつあるボクスのマルセル・クッツィエとともに注目したい。

【筆者プロフィール】
小林深緑郎(こばやし・しんろくろう)
ラグビージャーナリスト。1949(昭和24)年、東京生まれ。立教大卒。貿易商社勤務を経て画家に。現在、Jスポーツのラグビー放送コメンテーターも務める。幼少時より様々なスポーツの観戦に親しむ。自らは陸上競技に励む一方で、昭和20年代からラグビー観戦に情熱を注ぐ。国際ラグビーに対する並々ならぬ探究心で、造詣と愛情深いコラムを執筆。スティーブ小林の名で、世界に広く知られている。ラグビーマガジン誌では『トライライン』を連載中。著書に『世界ラグビー基礎知識』(ベースボール・マガジン社)がある。

(写真:若きオーストラリア代表主将、マイケル・フーパー/撮影:YASU TAKAHASHI)

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